RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

ウィリアム・モリス『ユートピアだより』感想

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こんにちは。RIYOです。

今回はこちらの作品です。

 

目覚めるとそこは二十二世紀のロンドンーー緑かがやき、水は澄み、「仕事が喜びで、喜びが仕事になっているくらし」。社会主義者・美術工芸家モリスの実践と批判、理想と希望が紡ぐ物語。ユートピアの風を伝える清新な訳文に充実した訳注を付す。

19世紀のイギリスで最も優れたデザイナーとして知られるウィリアム・モリス(1834-1896)。現在でも多くのデザインに影響を与え続け、装飾芸術家としての名声を確固たるものにしています。壁紙やテキスタイル、そして家具に至るまで幅広く手掛けます。このような装飾芸術は裕福な貴族階級だけの愉しみでしたが、モリスはプロレタリアートの生活にも溶け込ませて民衆の文化を変化させました。また「ケルムスコット・プレス」という私家版印刷工房を設立し、装丁や書体に美しさを求めた「理想の書物」を数多く製作します。

 

1830年代のイギリスはヴィクトリア女王が治め、スティーブンソンによる交通革命以後、「世界の工場」として世界市場を開拓し、国家が資本主義に傾注して特需的な収益を得ていました。しかしこの好調な経済力は長続きせず、1880年代には他のヨーロッパ諸国との植民地争いにより徐々に独占力を失います。そうした資本の弱まりとは無関係に貧富の差は引き続き広がり、利益を少しでも継続させるため工場生産は更に激化します。販売相手もままならない生産された不要な製品を作るために、工場の排煙や排水は更に激しく排出され、これにより周囲の空気や川はどこまでも汚され続けます。このような環境はプロレタリアートの心をも荒ませます。報われない労働と苦しくなる生活に追い込まれ、生活水準の改善を目的として各地でストライキを起こします。


1882年、マルクス主義を掲げた社会主義グループ「民主主義連盟」が創立されます。これは資本主義によるマイナス効果(貧困、スラム化、環境汚染など)を改善するために組織され、革命主義的活動を主としていました。モリスはこの組織の中心人物でした。当時は稀有な才能を持った素晴らしい詩人として認知されていた彼は、その名声による影響力を存分に活かして啓蒙活動に励みます。講演はもちろんのこと、啓蒙機関紙を自ら売り広め、各地に点在する同組織の支部へ渡り歩き、先陣を切ってデモ演説を行います。そして、このような運動に大きな影響を及ぼす事件が起こります。


1887年にロシア帝国において、ニコライ二世に対して労働者の権利または待遇の改善に対する要求と、立憲政治の実現を主とした政治的要求を掲げたデモが行われました。参加者として家族を含む労働者が十万人を超えるほど集まり、冬宮を各々目指します。しかしロシア軍は武器を持たない参加者たちへ発砲し千人以上の犠牲者を出します。

この「血の日曜日事件」はイギリスの社会主義者たちへ大きな衝撃を与えます。そして労働運動を含む社会主義運動はデモという手段では解決に至らない、議会政治から変革させねばならない、という風潮へと変化します。これに対してモリスは異を唱えます。彼が見据える根本的問題は生活環境や労働賃金の改善ではなく「労働観と社会性」であったからです。

 

モリスが持つ社会に向けた思想は、彼の持つ「労働観」を根源としています。詩人として詩を生み出すこと、デザイナーとして作品を生み出すこと、社会主義者として世に訴えること、全ては一貫された価値観のもとで行動されています。そしてこの価値観により生み出された主義主張はマルクス概念に基づいており、理想的で現実可能な「社会性」であると訴えています。

 

また「血の日曜日」事件はアメリカにも伝わり社会主義者に影響を与えます。1888年に一冊の本が出版されます。未来のユートピアを描いたエドワード・ベラミーの『顧みれば』です。この作品では国家による全国民の一元管理が行われており、豊かで争いのない社会が描かれています。貨幣に代わる「クレジットカード」の存在や、二十四時間体制で楽しむことができる音楽、家事代行サービスの充実など、現代で当然となっている環境が民衆の幸福とともに描かれています。そしてこの変革は、血が流されずに成ったことも大きな要素です。

この作品は大衆へ大きく感銘を与えて支持されます。皆が抱く貧困や労苦、そして政治への不満を払拭する未来図と夢想されました。ついにはこの社会こそ理想であるとした者たちが寄り集まり「ベラミー・クラブ」という団体を組織し、アメリカ各地へと展開されます。


ここで描かれた未来の姿は、モリスにとって受け入れられない内容でした。特に国家による一元管理が呼び起こす危険性に対して不快を覚えます。ファシズム、信仰の不自由化、個人の没個性化、そして最も反する価値観である「機械化により失われる芸術性」などを指摘し、強く批判した評文を書きます。ですが、彼の不満とは裏腹に『顧みれば』の影響は世界へと広がり続けます。不安を募らせたモリスはこの流れを変化させるべく一念発起してひとつの作品の執筆に取り掛かります。これが本作『ユートピアだより』です。

 

社会主義者組織に属するモリスの分身は、激しい討論のあとに帰宅して理想的な社会を思い描きながら眠りにつきます。目覚めると寒い冬から暖かな初夏に変わり、景色に違和感を覚えながらひとりの青年と出会います。大変好意的で親切な彼は、会話の中から徐々に生活模様を教えてくれます。彼らの価値観は寛大で自由です。貨幣の存在は無く、私有財産もありません。隣人や自然を愛する豊かな世界でした。そしてここは未来であることを知らされ、ある老人から社会の変革について説かれます。

 

資本主義は無為な生産労働を加速させ資本のみを目的としながらも誰もが不要とする製品を生み出し続けました。そうした生産労働自体は、意味だけではなく芸術性も失われ労働は純粋な苦役と変化します。また、過去において生産に含まれていた芸術性が失われたことにより、芸術作品や芸術そのものが世界から失われるに至りました。

作中の1952年から成ったプロレタリアート革命は、資本主義、経済概念、貨幣価値、財産所有権などが消滅し、「富の観念」が変化します。心を満たし合う豊かな交流をこそ目的とした行動理念が共通して持たれ、政府を持たない社会主義的で共産主義的な生活に順応していきます。

私有財産を持たない価値観が浸透し、物品の奪い合いによる争いは消滅してはいるものの、異性の恋愛感情においては完璧とは言えません。もちろん当時あるいは現在に比べて感情を共有する概念は広まっており、婚姻の束縛力や規律性は緩やかにはなっています。しかし、感情を抑えきれない者による暴力は皆無ではありません。これは人間の本能的な感情による衝動であり、理性だけでは抑圧しきれないことが記されています。

この世界の印象は「庭園」と称される14世紀の中世イギリスを思い起こさせます。

 

モリスが描いた「ユートピア」は、彼が資本主義からどのような価値観を持った社会主義的社会を実現したいのかを具体的に提示しています。経済成長が主軸となり動いている社会から脱却する目線で、資本の在り方、もしくは必要性を見つめ直し、理想を描いていると受け取ることができます。

また、その理想を実現する手法は国家の一元管理ではなく民衆による共生が必要であり、個性を多様に持ち、多彩な才能を各々が発揮し、皆で問題を解決する社会を構築することを訴えています。

そして重きを置いて描かれている主張は「労働観」であり、ベラミーが描いた機械製造制の進化による恩恵で労苦や貧困から脱却したとする表現に対して、モリスは「幸福かつ有益な労働に対する真の動機が、労働それじたいのなかにある喜びに存することは、あらためて言うまでもないだろう」と批判しています。


ユートピアにおける無償の仕事に関する労働観を、作中で老人は以下のように説きます。

報酬ならたっぷりとあります。創造という報酬が。昔の人なら、神が得たもう賃金とでも言ったでしょう。

仕事そのもののなかにそれと意識できる感覚的な喜びがあるためです。つまり、芸術家として仕事をしているということですね。


モリスは産業革命が生み出した過剰な大量生産で溢れた不要で粗悪な商品に嫌悪し、改めて伝統的な手仕事が持つ芸術性を尊び世に広めようと志します。この思想を広ようとする活動を「アーツ・アンド・クラフト運動」と称して行われ、教会のステンドグラスデザインを筆頭に二十世紀初頭まで継続されます。この啓蒙は二十世紀におけるモダン・デザインを生み出す根本思想として貢献し、今なおデザイン産業に影響を与え続けています。

 

本書『ユートピアだより』はベラミーの思想に対抗した形で執筆を始められましたが、モリス自身が大切にしていた手仕事に含まれる芸術性や、それに付随する労働から得られる喜びを皆が持つ理想社会を描くことができています。

物語の締めくくりを、理想を否定する皮肉的な終わり方と捉えることは容易ですが、「友愛とやすらぎと幸福の新しい時代を少しずつでも建設してゆくために奮闘しながら、命あるかぎり生きつづけてください」という半空想の言葉を受け、まさしく命のかぎりに社会主義者として活動を続けた姿勢を思うと書に込められた本意は「叶えようとした願い」であると感じることができます。


現在でも展覧会などが催され、デザイナーとして一級の評価を受け続けているウィリアム・モリス。彼が死の間際まで描き続けた理想郷をぜひ体感してみてください。

では。

 

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