RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『クリスマス・カロル』チャールズ・ディケンズ 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回はこちらの作品です。

 

ケチで冷酷で人間嫌いのがりがり亡者スクルージ老人は、クリスマス・イブの夜、相棒だった老マアレイの亡霊と対面し、翌日からは彼の予言どおりに第一、第二、第三の幽霊に伴われて知人の家を訪問する。炉辺でクリスマスを祝う、貧しいけれど心暖かい人々や、自分の将来の姿を見せられて、さすがのスクルージも心を入れかえた……。文豪が贈る愛と感動のクリスマス・プレゼント。

1830年代にスティーブンソンの蒸気機関実用化で鉄道が世に普及され、交易による流通が活発化しました。この交通革命は紡績、織布を発端としてそれに連なる工業に必要な機械の需要も比例して高まり、製鉄用の鉄や石炭の消費が爆発的に高まりました。すでに資本主義へ傾倒していたイギリスでは、この産業革命により国益の基盤を農業から工業へと大きく移行します。これが影響し、人口の都市集中(マンチェスターリヴァプールなど)を起こし巨大な新興都市をいくつも作り上げます。

ヴィクトリア女王による統治は世界的経済効果を生み出し「世界の工場」として他国へも強く影響を与えます。この圧倒的な工業力に必要となる膨大な原料を求めて、1877年にはインドを植民地化し大西洋奴隷社会を築きます。農業から工業へと変革したイギリスの国益自由貿易へと移行してヨーロッパに留まらず、アメリカ、アジアへと足を伸ばします。

 

世界を巻き込んだ経済効果は恐ろしく大きなものでしたが、同時に国内で深刻な問題を引き起こします。資本主義社会に必ず発生する「格差社会」です。都市部では貧困を起因として心身ともに病む者が増え、犯罪が多発して都市そのものが鬱屈した空気に呑まれていきます。

当時の資本主義社会では資本家が圧倒的に有利であり、さらに無権利であったことに加えて法による保護さえも無かったために労働者は抗うことができず、不利な条件下で勤労するしか道はありませんでした。都市部の労働者が住まう地域は次第に荒みスラム化していきます。治安が乱れ、女性子供までもが炭鉱へ出向き教育さえも受けることができない環境でした。

 

チャールズ・ディケンズ(1812-1870)はこの英国で中流階級の息子として生まれ育ちます。両親は金銭に対して杜撰な感覚の持ち主で遂には破産に至ります。家族が抱えた借金のため、彼は親戚が経営する靴墨工場へ僅か十二歳にして勤めに出されます。苦しみ疲れ果てた心には大きな傷がのこります。この受けた傷は彼の社会に対する観察眼を鋭くし、世に広がる社会問題を事細かく見据え始めていきます。そして自身も感じる労働者の苦しみをジャーナリストとして明るみに出そうと思い至ります。

新聞記者として労働者階級の苦しい実態を取り上げていた彼は、仕事の合間にエッセイを書き上げます。この文筆作品が「マンスリー・マガジン」に認められて作家へと転向します。雑誌「ベントリーズ・ミセラニー」の編集長となったディケンズは、同誌に初めての長編小説『オリバー・ツイスト』を発表すると忽ちベストセラーとなり、現在にまでその名声を響かせています。

 

ディケンズ中流階級から労働者階級へ、そして執筆の成功による富と栄誉を手にします。「持たざる者」から「持つ者」へと変化しても、彼の志は終生変わらず、格差社会に苦悩し、国や社会へ向けた風刺を込めた訴えは生み出す作品に込められ続けました。

連載と出版に忙しくしている中でも彼は取材に勤しみます。ロンドン北部にある慈善事業として運営されていた貧民学校に訪れます。福音主義者(プロテスタント)が貧民救済を目的としたもので、ディケンズが関心を持ったのでした。しかし実態は惨憺たるもので、スラム街を凝縮したとも言える劣悪な環境下で運営されていました。窃盗や暴力、そして売春に至るまで、まだ幼い子どもたちが哀しい小さな社会に閉じ込められている様子を目の当たりにして一つの決意をし、執筆に取り掛かります。

 

「持つ者」の慈愛の心、思いやる心こそが「持たざる者」の救済となる。この救済の精神こそ格差社会を緩和し、そして与える者へ暖かい幸福をもたらす。ここで唱える精神を世に拡げ、荒んだ社会を変えようと想いを込めた作品こそ『クリスマス・カロル』でした。

強欲に描かれるスクルージは「持つ者」、スクルージの薄給書記ボブ、障害を持つその子供ティム坊は「持たざる者」として描かれています。

含まれる想いは、強欲な精神で取り囲まれてしまう侘しさや苦悩、そして不幸な死後を悔やみ改心すべきという説教ではありません。改心した事で、生あるうちに言動を見つめ直し改め、周囲が変化して自身に与えられる幸せをこそ求める、もしくは得ることができるという一つの意思です。人を思いやり、人に優しく、心を通わそうと努めることが確実に人に伝わり、人は変わり、人は幸福を与えてくれます。そして本作の想いは心に素直に入り込み、自らの周囲に対する思いやりを見直し、改めたくなります。

物事は公平に公明正大に立派に調整されている。病気や悲しみが伝染する一方、笑いと上機嫌もまた世の中でこの上なしの伝染力を振るうものである。

 

啓蒙作品とも言える『クリスマス・カロル』は出来後一週間で六千部を売り上げるベストセラーとなりました。ディケンズが当時の社会を変えようと書き上げたこの作品は、手に取る読者の心へ次々と影響を与え、多くの賛同の心を得ることができました。労働者階級だけではなく、資本家を中心とした「持つ者」たちの意識を大きく揺さぶります。こうした有力者たちの変化は社会に影響を及ぼします。世間では作中の「メリー・クリスマス」という挨拶が流行します。また国内の寄付金額は急増し、貧困に苦しむ人々への慈愛心が形となって現れはじめます。「持つ者」たちの意識を変え、彼らは暖かい幸福に囲まれるよう生まれ変わろうとしたのでした。

英国におけるクリスマスは、階級や環境に縛られず、誰もが人に対して暖かい心で接する季節へと変わり、互いに思いやる心が互いの心を幸福にする季節へと変わりました。

現在の英国では当たり前のように交わされるクリスマスカードの習慣や、クリスマスツリーの装飾、クリスマスクラッカー等の菓子類や、七面鳥を囲んだ食事、クリスマスプディング、これらは全て『クリスマス・カロル』が与えた社会変化の一つです。

あとがきにて訳者の村岡花子さんはこのように述べています。

彼は笑いの中に涙の露を光らせる。彼の作品を構成するものは涙と笑いである。光と影が交錯している。ディッケンズの人物の持つ哀感(ペソス)は時としてはあまりにも芝居がかって来ることもある。が、つまるところ、彼は役者であり、彼の演劇の終局の目的はヒュマニズムであったのだ。

 

心を入れ替えるにはきっかけが必要である、実際に本作を読むことによってそれを成したディケンズの功績は計り知れません。何より、執筆へと決意をさせた原動力は彼自身の慈愛であり、苦しい時代に培われた鋭い観察眼であったことに感嘆させられます。

 

読後は穏やかな気持ちが膨れ上がり、心を込めて「メリー・クリスマス」と言いたくなる作品です。そして自身と周囲の幸せを願うからこそ、思いやりを強く持とうと考えさせられる作品とも言えます。

とても優しい作品、未読の方はぜひ。

では。

 

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