
こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

ドイツ系アメリカ人の父親とスコットランド系アメリカ人の母親を持つライマン・フランク・ボーム(1856-1919)は、1856年にニューヨークで生まれました。父親はペンシルバニア州の油田で財を成した人で、ボームは非常に裕福な環境で育ちました。彼は幼い頃から執筆を行い、なかでも演劇に多くの情熱を注ぎました。戯曲を幾つも執筆し、自ら役者として舞台に立つなど、作家としても演者としても熱心に活動しました。父親に劇場を建ててもらい、充分な演劇の環境を整えてもらいましたが、注いだ熱量とは裏腹に経済的には全く成功できず、挙句には彼の劇場が火事になってしまい、彼は演劇の世界から離れることになりました。現在のサウスダコタ州へと移住した彼は、家族と共に雑貨店を開きました。しかし、これも経済的な成功を収めることはなく、結果的に新聞の編集者として働きに出ました。地方新聞ではあったものの、寄稿するコラムは評判が良く、自らも執筆ができるという点でやりがいもありましたが、今度は新聞社が倒産してしまい、またもや成功を逃してしまいます。巡業セールスマンとして辛うじて生計を立てていましたが、やはり執筆から離れることは苦しく、業務の合間に韻文マザー・グースの直訳小説『ファーザー・グース』を出版しました。これがある程度の成功を収めたため、本格的に作家として活動することになり、本作『オズの魔法使い』を書き上げたことで、彼は商業的な大成功を遂に収めました。
1865年にアメリカ南北戦争が終わると、南部諸州を北部が統合し、奴隷解放問題が長期化する「レコンストラクション」の時代が到来します。また、フロンティア開拓における先住インディアンとの紛争が各地で起こり、南北の統合が明確に果たされないまま時は過ぎていきました。そして、同時並行的に産業革命の余波を受け、超高速度でアメリカは国内の各地を工業化させていき、多くの移民が各国より渡米してきます。こうして、一層にさまざまな人種が行き交う多国籍な土地へと発展したアメリカは、工業の加速化により巨大な資本的先進国へと成長していきます。こうした経済発展において、アメリカでは1900年に金本位制が法制化されましたが、その不安定性と奥に潜む問題点が政界では論点になっていました。『オズの魔法使い』が、この金銀複本位制をめぐる金融政策論争の寓話的側面を持っていると提唱されたこともあり(ヘンリー・リトルフィールド「ポピュリズムの寓話」)、本作の登場人物やその行動には、寓意が多く含まれているという解釈もあります。しかし、ボーム自身はこの考えを否定しています。
本作は1900年に出版されました。アメリカが世界経済において頭角を表すという時代で、作品にも当時の児童文学が持つ風潮から掛け離れた要素「非教本的物語」「少女が主人公」などが採用されており、アメリカ独自の文化的な成長が垣間見えます。ニューヨーク・タイムズが絶賛したように、作品には明るさと楽しさが溢れており、暴力的な要素を取り除いた冒険が活気を持って描かれ、当時の子供たちを魅了し、大人も最も優れた児童書が誕生したと喜んでいました。他国民を巻き込んだアメリカの経済成長は、このような文化的成長も呼び起こしたのだと言えます。
両親のいないドロシーは、アメリカの中心部に位置するカンザスの大草原で、叔母と叔父、そして犬のトトとともに暮らしていました。一面が灰色に映る景色のなか、自然に囲まれた生活に幸せを見出していたドロシーでしたが、突然の竜巻に襲われます。叔父と叔母は地下の避難場所へ逃げ込みましたが、トトを探していたドロシーは間に合わず、家とともに空高く吹き上げられ、空の遠くへと運ばれてしまいました。嵐が収まってたどり着いた場所は「オズの国」で、ドロシーは自分の家が東の悪い魔女を下敷きにして退治してしまったことを知らされます。魔女が履いていた銀の靴を手に入れると、ドロシーはカンザスへと帰る方法を見つけるため、オズの国を冒険することになりました。北の魔女は善い魔女と言われているため、彼女はまず、そこへ向かって助けてもらおうと考えました。額に守護のキスを受けたドロシーは、強い力を持つというオズの国の魔法使いへ助けを求め、会いに行きます。道中で、知恵を求めるかかし、心が欲しいブリキの木こり、勇気が欲しい臆病なライオンと出会い、彼らとともにドロシーはオズの魔法使いの元へと進みました。旅の途中でさまざまな困難に出会いますが、かかしの機転と、ブリキの感情と、ライオンの勇敢さによって、悉く問題を解決して乗り越えます。ようやくたどり着いた彼らはオズの魔法使いと話す許可を得ますが、面会は一人(一匹)ずつという条件でした。面会者によって姿を変える大魔法使いに、カンザスへ帰ること、知恵、心、勇気という彼らそれぞれの願いを伝えると、西の悪い魔女を退治するように条件を出されます。西の悪い魔女は黄金の帽子に宿る翼の生えた猿たちを使って、ドロシーたちへ多くの困難を与えてきますが、ここでもかかしの知恵、木こりの感情、ライオンの勇気によって蹴散らし、魔女の元へと辿り着きました。そして、対峙したドロシーは、額のキスによって守られながら西の悪い魔女を退治します。
約束を果たしたため、願いを叶えてもらおうとオズの国へ戻ってきたドロシーたちですが、面会中に大魔法使いが実は魔法の使えない奇術師だと明かされます。しかし、旅の途中の言動からもわかるように、かかしには既に知恵があり、ブリキには既に心があり、ライオンには既に勇気があることから、奇術師の簡単な方便で、結果的に三人(匹)の願いは叶えられました。そして、ドロシーは奇術師自身もアメリカへ帰りたいという思いから、一緒に気球を作って欲しいと頼まれます。絹を編み、手作りの気球を作った二人ですが、いざ飛び立とうという場面でトトが居なくなり、奇術師だけを乗せて気球は飛び上がって行きました。途方に暮れるドロシーですが、南の善い魔女にカンザスへ帰る方法を聞くことにし、かかしと木こりとライオンとともに出発します。襲いくる困難は黄金の帽子を用い、翼の生えた猿たちに助けられ、ようやく南の善い魔女グリンダに出会います。グリンダは、黄金の帽子と引き換えに帰る方法を教える約束を交わします。黄金の帽子の三つの願いを叶え終えたドロシーは喜んで引き渡し、グリンダの行動に委ねました。グリンダは帽子を使って、かかしと木こりとライオンをそれぞれが望む場所へ運び、翼の生えた猿たちを帽子の呪縛から解き放ちました。そして、ドロシーには履いている銀の靴でカンザスに帰ることができることを伝えます。ドロシーは皆に別れを告げたあと、銀の靴の魔法でカンザスへと帰り、無事に叔父と叔母の元へ戻ることができました。
ボームは序文で伝えているように、「ふしぎやよろこびはいままでどおりあって、つらい気持ちや悪夢は排除された、現代のおとぎばなし」を作り上げました。また、作品に登場する人物や小道具などは、彼の多くの人生経験から反映しているものであり、使用した意図もそれぞれに込められています。
かかしはボームが幼少期に何度も見た悪夢に登場していたもので、野原をどこまでも追い掛けられ、首を掴まれそうになる瞬間、かかしがボロボロに崩れ去るという夢でした。かかしの「火のついたマッチが怖い」という台詞は、ボームの劇場が火事で焼失したことを示唆しており、かかしは彼の「恐怖」を愉快な登場人物へ置き換えた存在であると考えられます。
ブリキの木こりは、ボームが雑貨屋のショーウィンドウを飾ろうと、自分で端材を組み合わせて作ったブリキの人形がモデルになっています。洗濯用のボイラーで胴体を作り、ボルトで固定された煙突で腕と脚を作り、鍋の底で顔を作りました。ボームはその人形に漏斗型の帽子をかぶせて、心の無いブリキの木こりを完成させました。インスピレーションによって生み出されたブリキの人形は、本作で心を埋め込まれ、読者の印象に強く残る登場人物となりました。
また、物語の発端となる竜巻は未知への遭遇を呼び起こす象徴となっており、灰色の乾いた世界しか知らないドロシーに世界の広さを知らしめるきっかけを与えています。これは、ドロシーに新しい世界を魅力的に見せるという目的ではなく、他の世界を知ることで自分の生きる世界の良さや価値を認識させる意図があります。
ボームの妻は自分の娘のように愛していた姪を、わずか生後五ヶ月で重篤な病によって亡くします。ボームは悲嘆に暮れる妻の心を癒すため、この「つらい気持ちや悪夢が排除された」作品のヒロインに「ドロシー」と名付け、本作を妻に捧げました。ボームは過去の児童文学、例えばグリム兄弟やアンデルセンといった童話に影響を受けていますが、最も本作に影響を与えている作品はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』であると言われています。キャロルの作品が子供に受け入れられた一つの要因として、ボームは読者である子供が共感を受ける「アリス」という少女の存在にあると考えました。可愛らしさ、無垢さ、快活さ、意思の強さなど、不思議の国で見せるアリスの個性を、ボームはドロシーに踏襲したことによって、非常に魅力的なヒロインが誕生しました。そして、不思議の国というお伽話然とした舞台から、かかしやとうもろこし畑などのアメリカ中西部に馴染み深い場所を登場させることで、ボーム独自の新しい世界を築き上げました。
ドロシーに同行する仲間たちは、それぞれが何かが自分に欠けており、オズの大魔法使いに与えてもらおうと願っています。しかし、かかしが求める知恵も、木こりが求める心も、ライオンが求める勇気も、旅の道中で彼らが既に持っていることが示されます。また、ドロシーがカンザスに帰りたいという願いを抱いていながらも、ずっと履いていた銀の靴が叶えてくれることが最後に明かされます。彼らは、既に持っているものに気付かず、無いと信じて欲します。仲間との旅で出会う問題を解決しようと、彼らは仲間のために「無いと思っている大切なもの」を発揮します。この物語では、欲しいものは既に手のなかにあるということ、自分以外のために発揮できるということが教示的に描かれています。
あなたに必要なのは自信だけです。危険を前にして、怖がらない生き物はありません。ほんとうの勇気とは、怖くても危険と向き合うことであって、そういう勇気を、あなたはふんだんにお持ちなのです
ライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』
お伽話は、産業成長の反動として隆盛すると言われています。十九世紀末から二十世紀初頭までアメリカは怒涛の勢いで工業化を押し進め、世界経済における中心的存在へと成長しました。こうした社会変化の影響のひとつとして、アメリカ初のお伽話が生まれたことは、後世に生きる我々にとっては喜ばしいことだと思います。フランク・ボーム『オズの魔法使い』、未読の方はぜひ、読んでみてください。
では。

















