RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『偽りの告白』ピエール・ド・マリヴォー 感想

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こんにちは。RIYOです。
今回の作品はこちらです。

 

 

女性の繊細な恋愛心理と微妙な恋のかけ引きを得意とするマリヴォーの代表作。心おだやかで愛らしい登場人物たちが織りなす恋愛喜劇。


現代でも舞台で数多く演じられる作品を残した劇作家ピエール・ド・マリヴォー(1688-1763)は、モリエールの築き上げた古典としての喜劇に、細かな心理描写を埋め込んで新たな喜劇の基盤を構築しました。当時のフランスでは、ルイ十四世の弟であるオルレアン公フィリップ一世によるパレ・ロワイヤルでの豪奢な放蕩三昧に代表されるように、貴族たちは娯楽と遊蕩に溢れた生活に耽っていました。このような世にありながら、ランベール侯爵夫人は格式と伝統を重んじるサロンを開き、各方面で活躍する芸術家たちと親交を深めていました。百科事典の発祥とも言われるこのサロンは、各界のみならず芸術を通して社会に与える力も強く持っていました。やがて訪れるフェミニズム運動の先駆けとなる思想も持ち合わせており、世間に対する影響の裏付けが窺えます。小説家、劇作家、哲学者、俳優、彫刻家、修道院長など、様々な分野で活躍する人々が集ったサロンは、アカデミー・フランセーズの前身として機能していました。サロンが輩出したなかでは、著述家ベルナール・フォントネル、作家アントワーヌ・ウダール・ド・ラ・モットなどがおり、マリヴォーもその一人です。


マリヴォーが喜劇に盛り込んだ当時人物の細かな心理描写は、彼の作品の特徴として「マリヴォダージュ」と称されます。特に恋愛における機微を細かに捉え、それを日常的な会話に乗せて劇中で表現することが彼の作品の特徴と言えます。これは当時の戯曲や文学の風潮である格調高い言葉の使用とは一線を画しており、観る者により一層の親近感を沸かせます。このような表現は、同時代に正反対の姿勢を見せていたヴォルテールなどから厳しく批判され、世間でも意見が分かれることになりましたが、現代に至る後世ではリアリズムの観点からも高く評価されています。だからこそ、現代でも数多く彼の作品が演じられています。実際に起こり得る人間の関係性や会話、それに伴う心理描写を、古典で固められた喜劇という枠組みを和らげたという彼の功績は大きく、以後の演劇において劇内における内面運動を重視するという風潮も引き起こしました。また、それまで喜劇の中心となっていた登場人物の滑稽さや面白さによる「笑い」から、登場人物たちの関係性や状況による「笑い」へと変化させたことで、登場人物たちが真剣な悩みや態度を取ることができるようになり、劇的な諷刺の効果が強く表現されています。現代ではマリヴォダージュに関して「目的を達するために言語を用いて策謀する」といった誤解が生まれていますが、マリヴォーは劇内でのやり取りを通して諷刺や思想を表現し、細かな心理描写から親近感を覚え、表現される諷刺や思想に共感するということを目指していました。


本作『偽りの告白』では、このマリヴォダージュが全面に活かされています。裕福ではあるが若くして未亡人となったアラマントに恋をしたドラントは、元従者であり現在ではアラマントに仕えているデュボワの協力を得て恋の成就を目指します。弁士であるドラントの叔父ルミーを巻き込んで、ドラントはアラマントの執事として仕える手筈を整えました。ドラントは若く美しい容貌と礼儀正しい態度で好感を得ますが、アラマントの母アルガント夫人にはうまく取り入ることができません。なぜなら、アラマントとある伯爵の間で領地問題が起こっており、互いに和解できない場合は訴訟に至るという状況にありました。そして、アルガント夫人の思い描いた策略は、この伯爵とアラマントを結婚させて領地問題を解消し、おまけに伯爵夫人の階級をも得ようという魂胆を持っていたからでした。この訴訟前の調査(訴訟に至った場合に勝てる要素があるのか)を担当しているのがルミーです。ルミーは未だに結婚をしないドラントに対して、アラマントの侍女マルトンを勧め、彼女も品行方正で美しい彼に対して好意を抱きます。互いの関係性が複雑に絡み合うなか、デュボワの一計によって事態は急速な展開を見せます。


筋書き自体はドラントとアラマントの恋が成就するかどうかという問題に尽きますが、周囲の各々が持つ思惑とそれに伴う言動によって現実に見られるような複雑性が表現されて、真剣なやり取りでありながらも滑稽な状況に笑いを起こされてしまいます。そしてアラマントがドラントと初めて対峙したときに自然に湧き上がる「好意」が、やがて覚える「恋の種」であり、劇中でその種を育てるのが対抗するアルガント夫人や伯爵の言動である点にも可笑しみを覚えさせられます。このような現実にも起こり得る状況に共感を覚える観客は、自然にアラマントやドラントへ感情移入して恋の成就を望むようになっていきます。この共感させながら結末の期待へと導く手法に、本作のマリヴォダージュが存分に含まれていると言えます。


ドラントとデュボワは「嘘」を頻繁に用いてアラマントの思いを操作しようと企みます。恋の相手に「誠実さ」を求めるアラマントには適していないような言動です。しかし、ドラントがつく嘘には、「真に恋している心」を偽るものはありません。寧ろ、真実の恋を得るために駆使した「手法の嘘」であると言えます。貧困であるが故にドラントはアラマントの結婚相手に成り得ないという当時の貴族社会において、それでも真実の恋を抱き、それを成就させたいと願ったドラントはどのような手法を用いても貴族アラマントへ近付きたいと考えました。しかし、ドラントは「真実の恋」に関しては一切の嘘を用いず、純粋な恋心のみを持ってアラマントに接しました。階級や財産よりも「真実の恋」を求めていたアラマントには、結果的には最適な人物であると考えられます。違った角度から言えば、このような貴族社会のなかでなければ真摯な態度と告白だけで成就するような恋心を取り上げ、滑稽な立ち回り劇をもって、それが成就しないという貴族社会の在り方に疑問を投げ掛けているという、マリヴォーの意図が見えてきます。そして、「真実の恋の成就」を結末の中心に置いている点からも、「恋」の持つ活力の強さは貴族社会の風習さえも破壊できると確信している思いが伝わってきます。

 

お分りですか、旦那さま?気位も、分別も、富も、みんな打ち負かしてしまうんです。恋がものを云うときには、絶対の力だと申します。

第一幕第一場


観劇後(読後)には、とても爽やかな清涼感と解放感で溢れ、実に前向きに気持ちを切り替えることができます。本作は国立劇場コメディ・フランセーズでも定期的に上演されて、現在に至るまで愛され続けています。マリヴォー作品における傑作のひとつ『偽りの告白』、未読の方はぜひ、読んでみてください。

では。

 

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