RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『マドゥモァゼル・ルウルウ』ジィップ 感想

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こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

 

 

天衣無縫、そして奔放。森茉莉が愛してやまなかった14歳の貴族の少女、おてんばルウルウの大冒険。

 

十八世紀のフランスでは、ルネサンスによって興った人間解放という思想が宗教に及び、永く続いていた封建社会における王権や教皇の絶対的な権威が薄れ始めていきます。時流に後押しされるように生まれたヴォルテールジャン=ジャック・ルソーなどの解放的な思想が直接的に世相へ影響を与え、アンシャン・レジーム(旧制度の階級社会)が行き詰まり、虐げられ続けた第三身分たちによる権利の主張を呼び起こし、フランス革命が勃発しました。この革命の初期を指導したのが大弁舌家オノレ・ミラボーです。元は貴族の出身ですが奔放な生活によって第三身分となり、そこから持ち前の論舌で三部会参加者に選ばれました。議院外で政治を行う「ジャコバン・クラブ」を結成し、立憲君主を掲げ、王権との妥協を図りました。この子孫であり、後にロジェ・ド・マルテル・ド・ジャンヴィルという伯爵と結婚したマルテル・ド・ジャンヴィル伯爵夫人が本作『マドゥモァゼル・ルウルウ』の著者です。


彼女は家系として男児が望まれていたことを理解し、それでも社会的に義務を負った貴族という自覚を持ち、分別を弁えた立派な伯爵夫人として成長しました。置かれた社会的地位は恵まれたものであり、淑やかに、厳粛に、倹しく暮らしていく筈でした。しかし、貴族としての気詰まりや、終わることの無い自制の日々を、彼女は息苦しく感じていきます。その感情を発散させる手段が執筆という行為でした。とは言え、当時の社会では「女性の発言権」は著しく抑圧されており、著書の発表を受け入れられる環境は整っていませんでした。そして彼女は解決策として「ジィップ(Gyp)」という筆名を用いて作品を生み出していきました。


十九世紀後半のフランス社会は、新たに開かれた啓蒙思想の影響で芸術は多彩な変化を見せていました。アヴァンギャルドに見られる前衛芸術や、デカダンス虚無主義、頽廃主義)などが隆盛し、芸術そのものが幅広いものとして広がっていきます。しかし、現実の社会においては封建的で保守的な考えは変わらず、男女の扱いに大きな差が残されていました。そのような社会では、一方では啓蒙による新時代的な価値観が、また一方では封建的な差別のある腐敗社会が広がり、社会そのものが矛盾に満ちていたと言えます。華やかな芸術の都としてベル・エポックが活性化する反面、路地裏では宿無しの少年が非人道的な生活を過ごしているという、両極端な世界が、ジィップの目の前には広がっていました。彼女は双方の世界を、ある時は愛し、ある時は憎みました。思想と腐敗の狭間で、貴族である彼女は社会が持つイデオロギーの不可解さ、不完全さを広い視野で観察し、それを露見させるように執筆します。それらの作品は必然的に諷刺を効かせたものとなり、社会を動かす当事者たちからは非難を、社会の被害者である大衆は称賛を、それぞれ与えることになります。


彼女は自分自身が所属している貴族社会やブルジョワジー(貴族ではないが土地を持つ富裕者など)に対して、社会を是正させようとしない姿勢に憤りを感じていました。政治家はもちろん、報道機関や検閲官といった国政側の人間や、同じ階級の「何もしない」貴族たちに対して、辛辣な筆を持って対抗するように作品を書き上げていきます。これが大衆の同意を得て広く受け入れられていくと、さらに彼女の情熱は湧き上がって次の作品を生んでいきます。彼女は執筆自体は好きではありませんでした。「書くことは涙が出るほどに退屈だ」という言葉を残しているように、積極的な創作意欲では書いていません。しかし、自身の作品を受け入れる人々、待ち続ける人々に対して、少しでも多く届けたいという思いから多作作家となりました。


ジィップの作品は非常に急進的で、革新的でした。そして、根元にある政治思想、持って生まれた芸術性が伴い、読みやすいながら諷刺の効いた作品を作り上げることができました。彼女と家族は、長いあいだヌイイ=シュル=セーヌというパリ西部にあるコミューンに暮らしていました。ここは芸術家、作家、思想家などが多く集まる地で、彼女は毎週「サロン」を開いていました。詩人のアナトール・フランスポール・ヴァレリー、小説家のマルセル・プルースト印象派エドワード・ドガなどが頻繁に訪れ、演劇や芸術、或いは政治などについて語り合っていました。そして夜になると、刺激された創造性をもって、一人で籠って執筆に励んでいました。


彼女が書き上げた作品は、殆どが大衆向けのものでした。ロマンス小説も多く、出版社は多額の利益を生む彼女の作品を挙って手にしようと躍起になっていました。そして、実に130を超える作品が世に出ました。筆致の特徴としては、「仄めかし」の巧みさが挙げられます。鋭い観察力から痛烈なウィットをもって、現実社会の世界を壊さないまま諷刺を効かせるという技巧が見事に昇華されています。

本作『マドゥモァゼル・ルウルウ』は戯曲で書かれていますが、ブールヴァール演劇(大衆向けの商業演劇)として仕上げられています。比較的豊かな階級の人々に、表向きは「上等の気晴らし」を提供しながら、辛辣な観察眼によって込められた「辛辣な諷刺」を随所に散りばめています。


蓮っ葉で生意気盛りの貴族の娘ルウルウは、衝動に任せるように感情で動き、言いたいことを言い、いつでも好きなことをするというお転婆娘です。そして、貴族の娘らしく勉学を詰め込まれたおかげで大人顔負けの知識を持ち、独自の解釈で口達者に誰彼構わず言い負かします。それを嗜めながらも辛抱強く付き合う父親、思考を放棄している母親、父親の社交上の知人の紳士たちが、どの章でも振り回されてしまいます。登場する人物の描写は、どれも見事なまでに笑劇人物として書き上げられ、軽快なテンポと軽妙なルウルウの言動に、読み手は吸い込まれるように物語にのめり込みます。しかし場面の随所で、ルウルウの極端な性格から発せられる社会や政治に対する辛辣な意見が、(女性が)実社会では口に出せない直截的な表現で描かれ、当時の社会の思想と腐敗の矛盾が色濃く伝えています。フランスの政治、因習的な貴族社会、男女の「あらなければならない」姿など、深く根付いた社会の問題を、ジィップはルウルウを通して、明るいブールヴァール演劇に仕上げています。

 

モントルイユ
真実かい、ルネ?ルウルウにバッカロレアを受けさせようとしてるっていうのは?

パパの声
そうさ!真実だとも!これからの女はどうしたって今までの水準から上へ出なけりゃあ

ルウルウ
あたしは……そんな必要ちっとも認めないわ!

モントルイユ
わたしもそう思うな!

ルウルウ
へえ!じゃあんたも大した学問したほうじゃないんでしょう?ええ?


本書の訳者は森茉莉です。ルウルウの言動に熱量を大いに注いで、魅力に溢れる主人公に仕上げています。本作は、与謝野晶子の序文にも見られるように、「一般向きの軽い読物ではありますが、決して俗衆に媚びたものでなくて、作者は一種の新しい自由型の少女を案出して、現代教育に対するいろいろの諷刺を暗示」している作品です。宇野亜喜良の装画も魅惑的な本作『マドゥモァゼル・ルウルウ』。未読の方はぜひ、読んでみてください。

では。

 

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