RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。


ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』感想

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こんにちは。
RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

 

19世紀末に発表され、幾度も映画化された名作、オスカー・ワイルド(1856-1900)の『ドリアン・グレイの肖像』です。代表作『サロメ』も大変有名です。

舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ、いつしか醜い姿に変り果て、慚愧と焦燥に耐えかねた彼は自分の肖像にナイフを突き刺す……。快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる耽美と異端の一大交響楽。

 

ワイルドは現在のアイルランド出身で、生まれた家庭は厳格なプロテスタントの家柄でした。そして母親のジェーンは詩人であり、その文才が継がれたと考えられます。この母親は「女子」の子供を望んでいたことでワイルドの幼少期には「女子の衣服」を纏わせていました。これが後の彼の人生に大きく影響を及ぼすきっかけとなります。

 

19世紀のイギリス文学を代表するデカダン派、あるいは唯美主義の牽引者として大衆を魅了します。特に退廃的な思想は若者たちに大きく支持され、当時の文学社会における大きなうねりとなりました。ロマン派からモダニズムへの変遷にあたる時期で「逆説的思考」が漂っていました。

『ドリアン・グレイの肖像』において「頽廃(decadence)」という言葉が多用されていることからも、思想の啓蒙に努めていたことが窺えます。また典型的で印象的な「頽廃主義」の描写も散りばめられています。

ときには美の芸術的要素をもつ悲劇と出遭うこともないわけではない。その場合、もし美の要素がほんものならば、その悲劇全体は人間の戯曲感覚に訴えかけてくる。すると、われわれはもはや自分が出演者ではなく、観客となっていることに不意に気づく。

これはシビル・ヴェインというドリアンの婚約者が亡くなった際、ドリアンの友人であるヘンリー・ウォットン卿が発する台詞です。

 

ドリアン、ヘンリー卿、そして肖像を描いた画家であるバジル・ホールウォードの三名は友人です。ですが、ヘンリー卿、バジルの両名は「同性愛的な感情」をドリアン・グレイに注ぎます。友情と愛情の狭間のような心情描写は、徐々に三角関係を大きくしていきます。ドリアンは「無垢な放蕩者」、ヘンリー卿は「快楽主義者の逆説王」、バジルは「自制心と自尊心の塊」といった特徴を持つ三名の言動が、「三つの魂」を表現していきます。

この本には私の多くが含まれている。バジル・ホールウォードは私が自分だと思う人物だ。ヘンリー卿は世間が私だと思っている人物である。そしてドリアンは私がなりたいと思う人物だーーおそらく別の時代においてであろうが。

これはワイルドが友人に宛てた手紙の一文です。

 

「不変の身体と魂」を描いたこの作品はヴィリエ・ド・リラダン未來のイヴ』を連想します。どちらの作品も「人間の持つ芸術性」を訴えています。こうありたい、こうあってほしいという願望が芸術性を高め、その芸術性を追いかけ求めることこそが人生の目的である。或いは、その芸術性を自己の人生に反映させることこそ生きる目的である、という特化的な哲学が両方の作品の根底に流れています。

しかし、この二作品が対照的に描かれている点は「魂の芸術性」です。『未來のイヴ』の「ハダリー」の魂は「理想どおりに創造されたもの」に対し、ドリアンがシビル・ヴェインに求めたものは「内から沸き起こる魂の芸術性」でした。
その片鱗を彼女が舞台で演じる役に見出したと思い、恋し、愛しましたが、舞台上における芸術性は俗っぽい情動で破綻し、無惨なジュリエットを演じてしまったのです。

 

「人生は芸術の模倣である」というワイルドの言葉には崇高さとエゴイズムが入り混じり、その思想が彼の作品に滲み出ているように感じます。

「かわいいつばめ君、君はすばらしい話をしてくれたけど、この世で最もすばらしいのは、人々の悲しみなんだよ。みじめさにまさる神秘はないんだ。つばめ君、私の町を飛び回って、君が見たことを話してくれないか」

幸福の王子』の王子の台詞です。

 

オスカー・ワイルドは37歳の時、16歳年下の男性文筆家と深く親しくなります。彼はバイセクシャルでした。しかし相手の若い青年は名門貴族の息子であった為、その親である侯爵に猥褻罪で訴えられ、敗訴し投獄されます。詩人として、作家として活躍し、名を上げたにも関わらず、ワイルドは投獄され、破産し、名を変え世間から見放され、1900年に梅毒で寂しく息を引き取りました。

すばらしい神秘に囲まれて動きを止めた彼の「割れた鉛の心臓」を、天使が見つけられたならと願うばかりです。

 

巻煙草をふかしながら、逆説でひたすらにドリアンを誘惑するヘンリー・ウォットン卿の語りが、中毒的に小気味よくなっていきます。読み物としても緻密にプロットが練られており、先へ先へと読み進めさせられます。

存分に楽しむことが出来るこちらの作品。未読の方はぜひ。

では。

 

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