RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『エウロペアナ』パトリク・オウジェドニーク 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

チェコの現代作家パトリク・オウジェドニークの問題作『エウロペアナ 二〇世紀史概説』です。2015年「第一回日本翻訳大賞」受賞作品です。

二〇世紀ヨーロッパの歴史を、さまざまな数字、スローガン、噂などを重層的に引用するコラージュによって、わずか百数十ページで概観する。虚/実、歴史/物語の境界に揺さぶりをかける、刺激的な二〇世紀ヨーロッパ裏面史。

 

プラハを首都とするチェコ共和国。長い、長い歳月を苦しみ抜いた国です。オウジェドニークはプラハで生まれ育ちますが、共産主義下における苦悩からの解放を求め、フランスへ亡命します。「チェコからの亡命作家」と言えば、「ミラン・クンデラ」「ペトル・クラール」が思い浮かびます。オウジェドニークは亡命先のフランスで、雑誌の編集に携わりながら、フランス語とチェコ語の双方翻訳家として活躍します。この両言語を天性の言語力で辞書を編纂するなど、「バイリンガリズムの申し子」とも言える才を発揮します。その才は徐々に花開きます。

1989年からチェコスロバキアで起こった「ビロード革命」により、共産党体制が崩壊し芸術規制が緩和され、文学作品を自由に出版できるようになりました。オウジェドニークは詩や童話、寓話など、独自の筆致で幅広く次々と出版します。そして全世界にその名が知れ渡るのは、本書『エウロペアナ』が2001年に出版されてからでした。

 

この作品は、ヨーロッパの歴史をチェコから、および迫害された民族の立場から、超次元的俯瞰で事象を捉えて、感情を込めずに列記している印象です。

1914年、第一次世界大戦争勃発。1915年、トルコでアルメニア人虐殺。1919年、アメリカで禁酒法発令。1928年、ソ連による20年にわたる600万人の異民族迫害。1933年、ドイツでラインラントの混血児断種。1938年、ドイツでクリスタル・ナハト(水晶の夜)、ユダヤ人を迫害。1939年、第二次世界大戦争勃発。1944年、ドイツでジプシーの夜、アウシュビッツにてロマ族を大量殺害。1945年、アメリカが原爆を投下。

これらが時系列を無視し、小テーマに連ねて語られていきます。たとえば「ジェノサイド」という大量迫害をテーマにすると、ロマ族やユダヤ人の話題が続き、宗教のテーマになるとプロテスタントカトリックの話になっていきます。そして、共産主義ファシズムの違い、神経症精神分析存在論と進化論にまで話題は広がりを見せます。

 

そして後半にかけて「記念碑」という言葉が多用されます。戦争による死者たちを称えるものとして事実、現在も建てられています。しかし、本質的な「死者が受けた被害」をあらわすことが出来ているのでしょうか。漠然とした抽象的な「可哀想な勇敢な人たち」という程度の、鈍くやわらかい印象しか伝わらないのでは、と感じます。「記念碑」が個人それぞれの記憶を薄め、「集団的記憶」を形成し、ある一つの事象として刷り込まれているのではないでしょうか。

こういった歴史の記憶を、世界的規模で俯瞰して、コンピュータで使用する「RAM(ランダム・アクセス・メモリー)」で表現しています。インターネット社会にある今、どのような事象も「時間軸を無視して検索し、端的に情報を得ることが出来る」ことが、歴史としての時間の流れ、時代の流れが無視され、あるいは消え失せ、非常に薄い印象だけを残し、ある意味で心に残らない、記憶に残らないものとなっている、と表現しています。

 

もはや「実際に起こった歴史は、すでに存在していない」というオウジェドニークの皮肉は、ひたすらに列記した人間の愚行を見ても「過去から人間、或いは世界は何も学んでいない」ことから裏付けられています。

記念碑の前で立ち止まる人たちは、兵士やパルチザン強制収容所の囚人たちと、彼らの生を、そして死を、ほんのわずかではあったが共有しているような気になった。ある歴史家が言うには、記念碑とは、干潮で水が引いたあとに海岸に残された貝のようなもので、記憶が薄れて残されたものだという。まだわずかに生の痕跡をとどめてはいるが、その生は切り刻まれたミミズのようなもので、もはや現実ではなく象徴的なものにすぎない、と。

 

ヨーロッパが経験した歴史は、「事象の羅列」でしかないのか、「物語」として人の心に記憶されているのか、そのように問いかける本書。理解しようとする気持ちと、実際に理解するための行動が必要となります。

非常に奇妙な読書感覚と、最後に虚脱する読後感。ぜひ読んで体感してください。

では。

 

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