RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『ヤルタ会談』平田オリザ 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回は演劇台本です。

 

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劇団青年団の主催者である劇作家・演出家の平田オリザは、現代口語演劇理論を提唱し、「組織と個人」を問題提起する多数の作品を生み出しています。今回はその中における傑作のひとつ、『ヤルタ会談』です。

第二次世界大戦の戦後処理を巡って、チャーチルルーズベルトスターリン三者によって行われた「ヤルタ会談」を元に描いた、ブラックユーモア満載のコメディ。大国のエゴイズムがむき出しになる中、滑稽で恐ろしい会話が続いていく。

 

ヤルタ会談」とは、第二次世界大戦の末期に差し掛かった1945年2月に開催されたアメリカ・イギリス・ソ連の三国首脳による会談で、主にポーランド問題について話し合われました。当時ポーランドはドイツ占領下にあり、アウシュヴィッツをはじめ凄惨な虐殺を行われ、混沌としていました。ポーランドの亡命政府はロンドンにありましたが、実質的な解放権力はソ連が握っていたため、米英ソの中心的な問題点となっていました。特に領地問題においてソ連の主張が激しいこともあり、この会談では米ソ共に妥協する形で終え、その後1989年マルタ会談(米ブッシュとソ連ゴルバチョフによる首脳会談)まで事実上の東西冷戦が続けられました。

 

この戯曲『ヤルタ会談』はブラックユーモアを存分に含み、現代口語演劇で軽妙に描かれます。アメリカ、イギリス、ソ連の3人の首脳で会談が行われますが、1人が席を立ったときに残った2人でその人を批判をするという場面が多く見られます。この組み合わせが、イギリスとソ連の国としての歴史の長さ、ソ連アメリカの領土としての広さ、イギリスとアメリカの資本主義など、共通する属性を違った組み合わせで持っていることにより、そうでないものへの批判がその違いを源に生まれてきます。

 

平田オリザの作品に見られるテーマである「組織と個人」が、この作品では顕著に現れ、「国家と個人」という問題が浮かび上がっています。首脳も一個人であり、人間であり、それが国や国民を纏め上げているという危うさが垣間見えます。

歴史というものが、個人の嫉妬心とか猜疑心とか、あいまいなもので意外と決められているのではないかということ。それと権力の怖さですかね。国家とか権力といったものを極限まで風刺してみようと思って書いた作品です。

引用元:SWIインタビューより

 

被害者でもあり当事者である、そして会談自体に参加していない国「日本」の劇作家が描くことの意義。だからこそ、ある側面をデフォルメし、反面リアリティを含ませて描写する事ができるのであり、それによる異化効果で、受け取る読者および観客に提起する問題意識は、笑った直後に襲いかかる罪の意識を色濃くし、読後および公演後に深く考えさせられます。

 

演劇であれば30分程度の作品です。存分に「笑わされてしまう」こと間違いなしのこの作品。劇場版簡易台本は手に入れやすいので、ぜひ読んでみてください。

では。

 

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