RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『モルグ街の殺人事件』エドガー・アラン・ポオ 感想

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こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

 

 

美の錬金術師ポオ。その美への情熱は精確無比な理知的計算と設計にもとづいてあらゆる作品に発揮されており、読者を怪奇な幻想世界、異常心理の世界へと抗いがたく引きずり込む。ポオの作に傾倒した若きヴァレリはあの「数学的アヘン」を決して忘れることはできぬ、と言った。表題作のほかに「裏切る心臓」「盗まれた手紙」など。


フランス詩の改革者シャルル・ボードレールが敬愛し、ダーク・ロマンティシズムを開拓したアメリカ人作家エドガー・アラン・ポオ(1809-1849)。彼は現在に溢れる推理小説の祖としても名を馳せています。彼が生み出した多くの作品は、彼の人生と内面が強く反映されており、そこに見える暗鬱や狂気には「特殊な美」が埋め込まれています。ポオは、マサチューセッツ州ボストンで、役者夫婦のもとに第二子として生まれました。しかし父親は家庭を捨てて蒸発し、母親は過労と病によって亡くなり、兄弟がみな孤児となりました。ポオは両親と親交のあった裕福なアラン家へと引き取られて幸福な生活を過ごすことになり、大学へと進学し、イングランドスコットランドへ留学するなど、順風満帆な暮らしを送りました。事実、学業の成績は申し分ないほどでした。しかし、養父からの学費の送金が遅れたことと自身の興味から、ポオは歯止めが効かないほどに賭博の世界へとのめり込んでしまいます。これが養父との関係を悪化させ、支援もなく賭博の借金も嵩み、大学を退学することになりました。こうした金銭的な困難から陸軍へと入隊しましたが、同時に詩作に関心を持ち、やがて本格的に文士を目指すことを決意します。


詩や短篇小説を中心に執筆する傍ら、出版社での編集職に就くことで、ポオの文士人生が徐々に形どられていきました。多くの著作を眺めて編集する一方、自身で書き上げた作品を掲載していくことで、ポオはゆっくりと読者に注目されるようになっていきます。しかし、受け入れられるほどに高まる期待が敏感な神経を刺激し、父親と同質の酒乱癖があったことから、ポオの執筆生活は荒れ、編集の仕事も退職を繰り返すことになります。この頃に書かれた『壜のなかの手記』は世の注目を集めましたが、彼の精神や生活を落ち着かせるほどの安定は齎さず、各地を転々と移り住むことに変わりはありませんでした。そのようななかの1936年、ポオは父方の叔母の娘、従姉妹のヴァージニア・クレムに結婚を迫りました。叔母は困惑と拒絶を繰り返して認めませんでしたが、あまりに執拗なポオの熱意に根負けし、結果的に結婚を認めることになります。貧窮な結婚生活ではありましたが、ポオの精神が安定を見せ始めたことで執筆活動は捗り、『アッシャー家の崩壊』『モルグ街の殺人事件』などで名声を手にし、『黄金虫』『黒猫』『盗まれた手紙』と続けて発表したことで文士としての立場を確立しました。しかし、酒乱癖や神経症は徐々に悪化を見せ、妻の結核による死が大きな原因となり、酒や阿片を大量に接種して、手足の震えや幻覚が日を増すごとに激しくなっていきます。妻の死の二年後、ポオはボルティモアの路上で意識不明となっているところを発見されました。病院へ搬送されるものの、数日後には死亡しました。わずか四十歳でした。


ポオの作品は「ダーク・ロマンティシズム」と区分されるものが多く存在します。憂鬱、病弱、狂気、幻覚などといった描写を通して非合理性や猟奇的な死を映し出している作品群は、ポオの不安定な精神状態と不遇の人生を反映しており、彼の持つ神経過敏性が如実に現れているとも言えます。このような新たな表現は、読者の関心を高め、強く受け入れられました。

 

阿片耽溺者の酔いざめ心地──日常生活への痛ましい推移──夢幻の帳のいまわしい落下──といったもののほかにはどんな現世の感覚にもたとえることのできないような、魂のまったくの沈鬱を感じながら。心は氷のように冷たく、うち沈み、いたみ、どんなに想像力を刺激しても、壮美なものとはなしえない救いがたいもの淋しい思いでいっぱいだった。

エドガー・アラン・ポオ『アッシャー家の崩壊』


1841年に発表された『暗号論』は、それまでのダーク・ロマンティシズム的姿勢からの変化が見られます。当時は雑誌の編集長として業績も好調、妻ヴァージニアも健康を見せ、ポオ自身も生涯で最も健全な生活を過ごしていた時期でした。冒頭に示したように、ポオの作品は彼の人生と内面が深く影響する性質を持っています。ポオは、この時期の満たされた感情や落ち着いた精神を維持したいという希望から、これまで見せてきた「幻覚や暗鬱」を「暗号や推理」へと変化させ、執筆における病的な思索から逃れようとしたのではないかと考えられます。そして、暗号や推理を通して「思考の追究」を見せる探偵デュパンと、その聞き手であり読者への語り手を登場させることで、ポオ自身は作品から一歩離れた客観的視点で思索を行い、執筆に打ち込むことができるようになりました。こうして誕生した作品が本作『モルグ街の殺人事件』です。


本作は、思考実験とも言える「事実の分析」が核となっています。真の分析と優れた計算との違いから始まる導入部分は、それまであまり見られなかった「推理」という題材をこれからどのように披露していくかという説明にもなっており、読者を自然に彼の思考実験へと導いていきます。1830年代のパリ、語り手の青年は稀覯本を求めるうちにオーギュスト・デュパンという人物と出会いました。二人は互いのダーク・ロマンティシズム趣味によって意気投合し、サン・ジェルマンにある廃屋寸前の鬱蒼とした屋敷に住み、鎧戸を閉めて夜を造り、狂気や猟奇の物語について楽しく語り合いました。昼間はこのように社会から断絶し、夜になってようやく街路を散策するといった二人の行動は、一種独特の妙な絆を築き上げていきます。また、デュパンの分析力には凄まじいものがあり、語り手の思考へ進入する場面も見られ、その推理は圧巻であることが披露されます。そして、モルグ街のある家で起きた凄惨な殺人事件の新聞記事を見つけ、物語は進んでいきます。


ポオが本作を執筆した当時、発展を遂げるアメリカの都市は成長と比例するように犯罪が増加していました。新聞記事には殺人や裁判の事件が溢れかえり、警察が専門の部署を設けるなど、社会の犯罪に対する関心が高まっていました。このような関心は、犯罪解決に必要な思考が求められており、ポオ自身もその点の研究に熱を入れていました。そこで出した彼の結論は「情報をどのように観察して分析するか」というものであり、事件から解決へと向ける「推理」の構成を本作で示そうとしました。江戸川乱歩が言うように、ポオは本作で推理小説における「出発点の怪奇性」と「結末の意外性」、そして事件の要素である情報をあらかじめ開示して読者に「挑戦」するという原則を構築しました。これらの原則は現代においても有用であり、デュパンの模倣として生まれたシャーロック・ホームズなどの探偵を経て、今なお受け継がれています。


また、前述したように語り手の存在がデュパンを引き立てる役目だけでなく、ポオが自身の精神を重ね合わせるデュパンという存在を客観的に捉えて創作するという行為が彼の過敏な精神を守り、心の安定を図る一因をも担っていました。そして、その客観性は読者にも影響し、猟奇的な事件を語り手の眼を通して眺めることで、鬱蒼とした事件の空気から少し離れ、推理という思考へ意識を集中させることができるという効果を見せています。しかし、作品から滲み出る憂鬱や狂気はポオの内面に潜むものであり、これは彼の作品に通底する「排除できない本質」であると言えます。ここにこそ魅力があり、作品や登場人物に他とは一線を画する独自性が見られます。

 

クルーチは「病的」「黄昏」などを悪い意味に使用しているが、貝殻の病気から真珠が生まれることを信じている私は、例によって、この点には同意出来ない。むしろ逆に、私などはドイルの白昼的平俗にあきたらず、ポオの夜の夢(黄昏ではなくて夜だ)の「架空のリアル」に心酔するものである。私のもっとも愛するポオの言葉「この世の現実の出来事は、私にとっては単なる幻影にすぎない。これに反して、夢の国の物狂わしき影像こそ、私の日々の生命の糧であり、さらに強く、かかる夢の国のみが、私にとっての全実在である」

江戸川乱歩『探偵作家としてのエドガー・ポオ』


妻ヴァージニアが闘病で苦しんでいる時期、ポオは詩篇『大鴉』を書き上げました。ボードレールが心酔した詩人の結晶とも言える作品は、ポオの本質を再び全面に映し出すことになります。信仰心の強い語り手が苦悩を交えて話す言葉に対し、大鴉は「nevermore」と何度も答えます。語り手が信仰に重きを置く理性的な存在であるのに対して、大鴉は憂鬱や狂気を肯定する非理性的な返答者として存在しています。この非理性的存在によって語り手の信仰的な世界が崩壊し、不条理があらわれます。これは妻ヴァージニアの死を受け入れられない心情や、憂鬱や狂気から逃れられないポオの絶望も反映されています。

 

こんな惨めなくだらないことで僕は死なねばならんのだ。こうして、ほかのことではなくかならずこうして、死ぬことになるだろう。僕は未来に起ることを、それだけとしてはべつに恐れないが、その結果が恐ろしい。この堪えがたい心の動揺に影響するようなことは、どんなに小さなことでも、考えただけでぞっとする。実際、僕は危険が厭なのではない、ただその絶対的の結果──恐怖、というものが厭なんだ。こんな弱りはてた──こんな哀れな有様で──あのもの凄い「恐怖」という幻影とたたかいながら、生命も理性もともに棄てなければならんときが、遅かれ早かれかならず来るのを感ずるのだ。

エドガー・アラン・ポオ『アッシャー家の崩壊』


行方不明から発見されたポオの死の直前は、浮浪者のような惨めな姿でした。酒と阿片に頼らなければならないほどの神経過敏は、彼の内にある「恐怖」を一層に強めていたのではないかと思われます。それでも、執筆という行為で才能を存分に発揮し、後世へと伝えたその功績は、現代の文壇で大切に守られています。推理小説の先駆けとしても愛されるエドガー・アラン・ポオ『モルグ街の殺人事件』、未読の方はぜひ、読んでみてください。

では。

 

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