
こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。
1920年にイランの新聞に掲載され、1953年にレージュ・レスコーによってフランス語に翻訳された本作『盲目の梟』は、サーデク・ヘダーヤト(1903-1951)がこれまでのイラン文学を打ち壊した歴史的的傑作の一つとされています。イラン文学では全て韻文で作品が発表されていましたが、ベルギーやフランスで培った文才を発揮したヘダーヤトは、イラン初の散文小説を発表しました。新たな境地を文壇に突きつけたヘダーヤトの作品は、イラン国民に衝撃と熱狂を与え、反発と受容の双方を呼び起こしました。彼がフランスで活動していた際、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンが絶賛したように、彼の作品は散文小説という特徴以上に「革新的な芸術性」が顕著で、これまでの古典的な慣習を悉く打ち壊してしまいました。当時の国民は「反小説」といった態度で受け入れながら、やがて「新小説」として定着していきました。特徴を幾つか挙げるならば、物語性の欠如、超現実的現象、不明瞭な過去や未来の描写などが挙げられ、現代でも群を抜いた特殊性を持っています。本作も同様にこれらの特徴を有しており、且つ、そこには独特な「死への渇望」が滲み出ています。
ヘダーヤトは、テヘラン有数の裕福な名門家庭に生まれました。彼が生まれてすぐに、イランでは立憲革命が始まります。これは、イランを支配していたガージャール朝に対し、フランス革命に端を発する自由主義の影響を受けた国民が、民族主義を基盤とした専政反対を掲げ、革命家や宗教家と手を結んで押し広げた革命です。この革命後、勃発した第一次世界大戦争時にはイランは英露に支配され、1925年にはヨーロッパ諸国の戦後の混乱に乗じてクーデターが起こり、ガージャール朝に代わるバフラヴィー朝が開かれ、イランの近代化が加速しました。このような政治的変革を次々と受けたためか、ヘダーヤトはベルギーやフランスへと留学に国外へ向かいます。フランスでは反戦芸術運動であるシュルレアリスムが隆盛していましたが、彼の持つ独特の文才と価値観が彼らに呼応し、独自の作品を創作するに至りました。彼が触れた外国文学は彼の価値観を揺るがし、彼の奥深くに潜んでいた恋愛観や死生観を水面へと引き上げました。ヘダーヤトは、「死」を渇望していました。実際に、何度も自死を試み、1951年の彼の最期はフランスの貸しアパートでのガス自殺でした。
ヘダーヤトの厭世的な死の渇望は、作品のなかでも浮かび上がっていますが、本作『盲目の梟』は、これが主題となっている作品です。シュルレアリスムの文体で描かれた中篇ですが、そこには恍惚と倦怠、幻想と現実、真実と虚偽が入り乱れて描かれています。語り部である「わたし」が阿片を常用していることから、思考は支離滅裂であり、不可思議であり、超現実的である描写が見られるとも捉えられますが、その原動力は「死への渇望」であり、死の定義を模索しています。心理小説とも言えるほどの多くの心理描写は、幻想と現実が交錯し、精神が不安定に起伏を見せています。現在から過去へ、過去から現在へ、そのように出来事を語っているかと思えば、意識が混濁したように、感情の乱れによる怨嗟が膨れ上がって死へと直結する思考が生まれるなど、読者は精神制御のできていない意識を覗き込んでいるような印象を与えられます。入り乱れる虚無感や自殺願望、孤立や厭世感情は、語り部が与えられた不条理な人生経験から齎されたものとも考えられますが、やはりそこには、ヘダーヤト自身が持つ感情や思考が強く投影されていると見ることができます。
社会から隔絶した商業画家は、長いあいだ同じ絵柄を筆箱に描き続けています。蓮の花を持った天女のような少女、腰の曲がった老人、これらの同じ構図を何度も繰り返して描いています。厭世的な画家は家の中から穴を通して、この絵と同じ構図を実際に目の当たりにしました。何としてもこの少女に会いたい、探し出したい、そのような感情が芽生えたのも束の間、あったはずの家の穴がいつの間にか無くなってしまいました。語り部は精神を病んでいます。従姉妹であった妻の非常な裏切り、乳母の優しさに見え隠れする死の教唆、父か叔父かもわからない老人など、厭世的な眼鏡を通したためか、異様な言動を見せる登場人物たちに「わたし」の精神は神経質になっていきます。精神の病と認識されている「わたし」は阿片を常用しています。意識の混濁と爆発寸前の欲望、死の渇望と阿片の効果が複雑に合わさり、同じ景色を同じ文面で繰り返し、過去と現在の境界線が無くなっていきます。出来事は現実なのか夢なのか、「わたし」もわからないまま思考は進められ、死で溢れかえった町、遺体となった少女の身体の切断などが描かれると、老人が不快な笑いとともに付き纏ってきます。しかし、自分の絵の中にこそ少女がいることに気付いた「わたし」は、阿片に与えられる恍惚の世界で、精神の死こそ「真の死」であると気付きます。
求め続ける「死への渇望」は、物語のなかで具現化していきます。数少ない登場人物は、幻想であれ現実であれ、その描写に濃い死の印象が付き纏います。彼らの死は、意識混濁の語り部が肉体的な死の描写を事細かに伝えます。しかし、物語が進むにつれて、語り部の存在は実体が薄まり、精神的な存在へと変化していきます。死の渇望者は、肉体が有ろうが無かろうが、人間としての精神崩壊こそが「真の死」であるという境地へと辿り着きます。魂は肉体ではなく精神に宿る、だからこそ精神の死は魂の死である、そのようなヘダーヤトの思想が滲み出ているようです。
出版当時、未成年は本作を読むことはできないという、倫理的な問題と政治的な検閲によって、本作は多くの制限を受けていました。しかし、そのような政治支配、あるいは政治的混乱の最中に国民が抱く厭世的な感情は、作品と同調し、熱狂的な支持者を生み出しました。孤立、欺瞞、不信、異端など、国に対して負の感情を持った社会は、この「死の渇望者」を大いに受け入れたことは、皮肉的でもあります。そして、ヘダーヤトの自死によって、本作は強い思想の作品として見なされるようになりました。
梟は知恵や知識の象徴として知られています。しかし、盲目となった梟はその象徴を失い、知恵や知識、つまりは「理性」を失うことに他なりません。必要なものを失った梟は厭世的な印象を与えます。同様に、シュルレアリスムは戦争を引き起こす「理性」を否定しています。戦争の世を厭う姿勢は、ヘダーヤトの抱く厭世的な感情と「死への渇望」を飲み込んで重なり合い、本作の精神の死を強く強調していきます。ヘダーヤトは芸術において、新たな形式を生み出すだけでなく、新たな思想を訴えてもいました。
昔の人間の行動や思想、願望や習慣はこのお噺という手段を通じて、後世の人々に伝えられて来たのではあるまいか。このお噺は我々の生存にとって必須欠くべからざるものの一つなのではないか。幾千年となく、人類は同じようなことを喋り、同じようにセックスし、同じように子供じみた悩みを抱いてきたのだ。人間の一生というのは、始めから終わりまで一つの面白可笑しいお話、信じられないほど馬鹿馬鹿しいお噺にすぎないのではないか?私が今書いているのだって自分のお話なのではないか?ものを書くというのは、挫折した願望にとっての排け口であるにすぎない。所期の目的を達し得なかった願望、作家自らが受け継いだ知力の範囲内で抱かれた願望にとっての。
ブルトンが二十世紀の二十の傑作の一つに選び、ヘンリー・ミラーが「いつか自分が書きたいと思うような本だ」と絶賛した本作『盲目の梟』、未読の方はぜひ、読んでみてください。
では。