RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『クォ ヴァディス』ヘンリク・シェンキェヴィチ 感想

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こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

 

シェンキェヴィチは、古代の異教徒的世界とキリスト教世界との抗争を描き、後者の勝利の必然性を暗示した。しかし作者の究極の目的は、当時独立を奪われ、列強の圧制に苦しんでいたポーランドの同胞に、希望と慰めを与えようとするにあった。

フランス革命で広められたナショナリズムを否定して、絶対王政を復活させ、ヨーロッパ各国君主が共同支配した過去の秩序を取り戻そうと1814年に開かれたウィーン会議は、民衆を弾圧する反動体制として形成されていきます。これを受けて神聖同盟、四国同盟とヨーロッパ諸国同士が個々に連なり、ウィーン体制は堅固なものとなっていきます。各諸国の芸術家は民衆と緊密に繋がり、自由主義ナショナリズムを提唱して弾圧に抵抗を見せます。この抵抗を各国の保守派だけではなく、「ヨーロッパの憲兵」とい言われたロシアが武力を持って弾圧していました。

ナポレオンがプロイセンに建国した国家であるワルシャワ大公国は、彼の衰退に併せて凋落しましたが、この跡地にロシア皇帝アレクサンドル一世がポーランド人国家を建国するように進言します。ウィーン議定書で建国が決定された「ポーランド立憲王国」は、ある程度の自治を認められていましたが国王はロシア皇帝が兼ねることとなりました。


このポーランド立憲王国は、ロシアの支配下にあったため、議会決定権はすべてロシア皇帝に委ねられ、実質的に独裁政権と言えました。同時期のヨーロッパ各国と同様に、ポーランド立憲王国でも芸術家と民衆の反抗が見えました。小さな反発運動が次第に数を増やして激しくなっていきます。そして1830年にフランスで起こった七月革命に触発されて、ポーランド人による大きな反乱が起こります。この「ポーランドの反乱」は一年近くも闘争が続き、民衆は大きな被害を被ります。

前期ロマン派の中心人物であるポーランドの作曲家フレデリック・ショパンは、この独立戦争に参加しようとしたができず、外地でワルシャワ陥落の悲報を聞き、行き場のない嘆きや憤激を音楽にこめました。これが「革命のエチュード」です。

その後もポーランドは何度も反乱を試みますが、ロシア軍を中心に阻まれ、独立には至りませんでした。ナショナリズムが報われる独立は、ロシア革命あるいは第一次世界大戦争が終わるまで実りませんでした。


ヘンリク・シェンキェヴィチ(1846-1916)はポーランド立憲王国の貴族として生まれました。しかしロシアの圧政下では貧困を余儀なくされ、決して裕福とは言えませんでした。ポーランド東部のヴォラ・オクジェスカで育ちますが、その後転々と場所を移し、十代の終わりにはワルシャワに定住します。ここで家計のために家庭教師を始めますが、同時に執筆を始めます。そして書き上げた作品を皮切りにエッセイなども手掛け、ジャーナリストとしても活動を始めます。執筆は快調に進み、1880年代には、愛国心の強い彼の著作群が国民の心を掴んで認められ、ポーランドにおける人気作家となります。


『クォ ヴァディス』(クオ ワディス)は1896年に出版されました。本作はロシアによる圧政からの独立を願うポーランドを、ネロの時代に迫害されたキリスト教徒たちと重ね合わせて描いた作品です。隅々まで研究されたローマ帝国の描写は、優雅さも醜さも鮮明に目の前に浮かび上がります。そして史実に織り交ぜた創作は重厚感を与えて、舞台の中に読者をのめり込ませていきます。


物語は二人の男性を中心に進められていきます。暴君ネロに「趣味の審判者」として重用される大詩人ガイウス・ペトロニウス、そしてその甥であるローマ軍大隊長マルクス・ヴィニキウスです。


ローマ帝国で最も「美」と「詩」を愛したペトロニウスは、自身が大切にする「美しさ」の価値観を基盤として考え、どのような時でも優雅に落ち着いて行動します。見目麗しい神々のような外見を持った彼は、考え方や行動を賞賛され、ネロだけでなく貴族や民衆、奴隷に至るまで周囲から愛されています。そして彼を心から愛した人物は、彼の女性奴隷エウニケでした。ペトロニウスは奴隷たちに対して、美しくない行為という理由から厳罰を与えることを好みません。彼らがペトロニウスの邸で享楽の一端を楽しもうとしても、見て見ぬ振りをしてやり過ごします。その中で女性奴隷のエウニケはペトロニウスを慕うあまり、ペトロニウスの彫像に向かい愛を表現します。ペトロニウスもまた、彼女の美しさと想いを理解して惹かれていき、奴隷の身分から解放して自身の傍らへ置くことにします。この美と愛の場面を描いた絵画があります。描いたのはアール・ヌーヴォーを代表する画家アルフォンス・ミュシャです。表題は「クォ ヴァディス」。ミュシャが本格的に画家として活動を始めた作品の一つで、ポーランドと同様にロシアの圧力を苦しみ耐え続けたチェコを憂えて描いたと考えられます。

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一方のヴィニキウスは軍隊長らしい筋骨隆々でありながら、その相貌は闘神のように美しく、どの身分の女性の目も惹かれる人物です。貴族の暮らしに構築された価値観に疑いを持たず、享楽に耽りながらも紳士であろうと努める姿は、とても勇ましく理想的な青年貴族として描かれています。彼を慕う女性はリギアという精霊のような美しい少女です。彼女は過去に「元老院ならびにローマ市民の人質」として捕らえられた他国の王の娘です。もはやネロも含めて国に忘れられた存在で、ある貴族の元へ預けられています。そこで出会った二人は互いに急速に近付いて惹かれ合います。

リギアはキリスト教徒でした。ユダヤ教徒との区別もつかないローマ帝国においてはキリスト教は稀な存在であり、持っている教えを国民は理解できないほどでした。ヴィニキウスも同様に考えを受け入れることが出来ませんでしたが、それを上回る愛情で理解しようと努力します。


ネロ帝の暴虐性は水源のように生まれ出る物ではありません。彼自身は臆病で心配性な面があり、側近たちの意見を聞く習慣がありました。これに付け入ったのがペトロニウスを敵視する近衛隊長ティゲリヌスです。ネロ帝が吟じる「詩」をより高尚なものにするため、多くの悲劇を目の当たりにして感性を揺さぶる必要があると説きます。絶対的な「詩」の自信を持っていたネロは翻弄され、民衆からの賞賛を得られると誤解して残虐行為の数々に及びます。そして遂に対象がキリスト教徒となってしまいました。次々に苛烈さを増す迫害は、ヴィニキウスとリギアを追い詰めていきます。財産を使い、人脈を使い、何度となく抵抗しますが押し寄せる力に抗うことができません。そのような時に精神的支柱となったのがキリスト教であり、聖ペテロでした。


人口百万人を抱えた街は、木造建築が多く、強い風が煽るため、たびたび火災に見舞われました。鎮火しづらい性質の頻発する火事は、遂に未曾有の大火災を招きます。ローマ全土が火の海に包まれ、民衆の多くが焼け死んだ「ローマの大火」は、本作の終盤でも衝撃を与えます。報せを届けられたネロは急いで近くまで駆けつけて鎮火の指揮をとります。しかし、ティゲリヌスの助言やネロ自身の言動から、この火付けを皇帝の仕業であると民衆は考え始めます。この風評を逸らさなければならないとして充てがわれたのがキリスト教徒でした。

あらゆる帝国に属する人の口を用いて、この大火災はキリスト教徒の陰謀であると触れ回ります。そして印象を覆えす決定的な策として、キリスト教徒を民衆の前で虐殺することをティゲリヌスに進言され、ネロが実行に移します。ペトロニウスはこの策を耳に入れるやいなや、ヴィニキウスへ伝えてリギアを護るように伝えます。徐々に広がっていたキリスト教は大勢の信者を抱えていましたが、帝国軍の総力を持って行われた捜索には手も足も出ず、夥しいほどの大勢の人々が捕らえられました。

聖ペテロは捕らえられたキリスト教徒たちから、逃げてくれとせがまれます。彼は自分だけが逃げ果せることは恥であり、教徒たちと共に死を受け入れて召されることを望みました。しかし教徒たちは他の地で苦しみながら待つ未来の教徒たちのため、教えを広げることこそ重要であると訴え、遂にペテロはローマを後にする決心をします。若い青年ナザリウスと共に他の地を目指して歩いていると、前方より太陽が転がるように眩しい人影が近付いてきます。これがキリストでした。

「おおクリスト……クリスト。」
そうして頭を地に附けて誰かの足をキスしているようであった。
長い沈黙が續いてから、靜けさの中に咽び泣きに途切れる老人の言葉が響いた。
「クォ ヴァディス、ドミネ。……」
(主よ、何處に行き給ふ。)
ナザリウスにはそれに對する答は聞えなかったが、ペテロの耳には悲しい甘い聲がこう云うように聞えた。
「なんぢ我が民を棄つる時我ローマに往きて再び十字架に懸けられん。」


非暴力を貫くキリストの教えは、迫害に耐え抜き、そして報われることを、強い祈りのように描かれています。改宗したヴィニキウスと教徒リギアが一心に祈り続ける姿は神聖さを帯びています。しかし、対照的に描かれる大詩人ペトロニウスとエウニケは「詩」と「美」を貫き、全ての運命を受け入れる姿で、「愛」そのものを具現化しているとも言えます。


シェンキェヴィチはポーランドの独立を願い、ネロ圧政下のローマに準えて本作を執筆しました。報われかけては突き落とされ、成就しかけてはすり抜けていく物語の希望は、ロシア圧政下の「消えた独立宣言」や「諸国民の春」を思い起こさせます。


読者に重厚な問いとして語りかける「信仰の愛」と「詩美の愛」は心の底に読後も残り続けます。

未読の方はぜひ読んで、考えてみてください。

では。

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