こんにちは。RIYOです。
今回の作品はこちらです。
十九世紀のナポレオン・ボナパルト戴冠は、フランスの激動の始まりを告げたと言えます。ヴァグラム、ドレスデン、ライプツィヒ、ワーテルローと、対外的な軍事騒乱が立て続けに起こり、さらにはフランス七月市民革命による復古王政の打倒と、国民感情を強く揺さぶりました。この影響を受けたフランス芸術や文化は大きな変化を見せます。特に文学においては、革命の自由による思想的なロマン主義、作品における美化を省いた自然主義、すべての善悪を絡げた現実主義など、新たな思潮が同時的に隆盛しました。また、フランス詩においても大きな変化が見られました。十一世紀より引き継がれていた美しく流麗な韻文詩からの脱却として、その規則形式を破壊して道徳に捉われずに詩性を表現する「散文詩」が、シャルル=ピエール・ボードレールを皮切りに生み出されていきます。
この頃、「芸術のための芸術」を標榜する「高踏派」と呼ばれる詩人たちが存在していました。この「象牙の塔の詩人」と称された一群には前述のボードレールをはじめ、テオフィル・ゴーチェ、テオドール・ド・パンヴィル 、ポール・ヴァレリーなどがおり、その崇高な理念のもと、活発に詩作を発表していきました。この高踏派の筆頭と言えるのがゴーチェで、芸術を重んじる詩作姿勢を作品に全面的に込めて発表しました。このなかに数えられる一人がシュリィ・プリュドム(1839-1907)です。
フランス詩の流れは、この高踏派からのちに、芸術全般に影響を及ぼした象徴派の影響を受け、徐々に変化を見せていきますが、プリュドムの作品は心理性や哲学性といった方面へと派生していきます。このような詩性は一種独特なもので、高踏派のなかでも異彩を放っていました。他の詩人たちが異国情緒に思いを馳せて広範な思想を求めたのに対し、プリュドムは「人間の根源」へと関心を強めていました。これは、当時の国民感情が不安定であったことが影響し、理性と情緒が振動していたからこその発展であると言えます。プリュドムと師弟に近しい関係であった詩人ルコント・ド・リールは、彼の才能に最も期待を抱いていた友人でしたが、「たしかにシュリィ・プリュドムは、いかにも詩人らしい詩人だ。しかしわれらの一家のものではない」という言葉を残しているように、「高踏派の運動」には身を寄せていましたが、それは「芸術のための芸術」を追究する精神面での共鳴であったことが理解できます。
当時のフランス文壇における有力な評論家シャルル=オーギュスタン・サント=ブーヴは、プリュドムの処女詩集に大きく感銘を受けて絶賛した評論を発表しました。これが世間に大きな影響を与え、プリュドムの詩人としての人生が始まりました。サント=ブーヴはプリュドムの詩のなかには「詩の新たな運動」が秘められていると評しました。新たな可能性とも言い換えられるこの表現は、プリュドムの内奥に潜む「美しさと共存する悲哀的な感情」を見出しており、サント=ブーヴはこれを絶賛しました。プリュドムが実際に幼少期に受けた父親の死の衝撃、眼の病による苦悩、彼の感情を揺さぶった唐突な失恋など、多くの要素によって育まれた憂鬱的な心情は、彼の詩作に自然と現れていました。
私のいのちはこれらのもろい結び紐でつりさげられて
シュリィ・プリュドム「鎖」『スタンス・エ・ポエーム』
こうして私は愛する幾千のもののとりこになっている
僅かな風がおこすその中の少しの動揺にも
私は自分がすこし自分からひきはなされていくのを感ずる。
彼の作品から滲み出る「内奥の人間性」はやがて「魂」へと直結し、作品自体もその実存性を問い掛けるものとなっていきます。心理的な感情は「抒情」として、実存的な懐疑は「存在」として、それぞれを照合するように探究する詩性は、科学的であり芸術的であると感じられます。そしてこのような「抒情と存在」を結び付けていく詩作は、1871年の普仏戦争後に明確な軸となって現れはじめます。それ以前までの作品に見られた「甘い性の恋愛」的な要素は消え、人間存在への問い掛けが強まり、詩性には魂としての実存が浮かび上がります。魂の深淵を辿り、その実存性と意義を求めようとする姿勢は、人間そのものを探る詩作でもあり、宇宙規模での心理の行方を探るようでもあります。そして、芸術という信念を持って追究した先に見られる魂には「人間としての愛」が強く表現されています。
ああ!眼はまなざしを失ったのか
いやいや、そんなはずはない。
眼はどこかへ動いて廻ったのだ
見えない世界という方へそして傾く星の群れは
私たちから去る、が空には住んでいるように
ひとみには沈む陽が見えても
それが死ぬとは真実でない青くあるいは黒くみな愛されて美しく
シュリィ・プリュドム「眼」『雑詩集』
どこかの広大な暁に向かって開いていて
墓場のずっと向こう側で
人が閉じた眼はまだ見ているのだ。
初期の詩「こわれた花瓶」が非常に理解しやすい作品として知られていますが、普仏戦争以後に見られるプリュドムの変化を代表する『むなしい愛情』は、憂鬱性と実存性が交差して、彼の特徴を如実に現している素晴らしい詩集です。今回取り上げた「眼」は『ノーベル賞文学全集23』(主婦の友社)で読むことができます。シュリィ・プリュドムの作品、機会があればぜひ、読んでみてください。
では。