RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。


T・S・エリオット『キャッツ』感想

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こんにちは。
RIYOです。

今回はこちらの作品です。

 

イギリスの偉大な詩人、トーマス・スターンズ・エリオットの『キャッツ』です。邦題として『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』と添えられています。日本では「劇団四季」のミュージカル名が広まっているので、これに合わせて『キャッツ』とされています。

世界中で大評判の超ロングラン・ミュージカル「キャッツ」の原作を新訳で贈る。あまのじゃく猫におちゃめ猫、猫の魔術師に猫の犯罪王……色とりどりの猫たちがくり広げる、奇想天外な猫詩集。
ノーベル賞を受けた、20世紀最大の詩人エリオットが、1939年、51歳のときに出版したこの詩集は、エリオットの猫観察記ならぬ猫交友録とでもいえるもの。ニコラス・ベントリーのカラーさしえ14枚入り。

 

1888年T・S・エリオットアメリカのセントルイスで生まれました。大学創設に貢献したイギリスからの移民の家系で、そして父母ともに文才に恵まれ、生まれてすぐに文学に触れる環境で育ちました。裕福なまま大学へ進み、モダニズムに惹かれ徐々に文学士としての道を歩み始めます。ヨーロッパ留学から帰った後、イギリスへ渡り本格的に活動を始める傍ら、ヴィヴィアンという女性と結婚します。しかし、父親は認めず、エリオットへの一切の支援を打ち切ります。銀行の渉外で働き、ヴィヴィアンの神経症を支えながら執筆を続けます。そして詩集を何作か発表し、英米において認められ、大きな成功を手にします。

 

彼の代表作『荒地』は第一次世界大戦争を終えた新しい世界の捉え方として大きく話題となります。映画『地獄の黙示録』で数多く引用され、若い世代に大きく支持されることになります。この後、1925年に『うつろな人々』を発表し、詩人として専念するため銀行を退職し、「フェイバー・アンド・フェイバー社」で編集者として生きていきます。この頃にイギリス市民権を得ます。その後も活躍を続け1948年、今日の詩文学への卓越した貢献に対して、ノーベル文学賞を受賞しています。

 

『キャッツ』はエリオットが「フェイバー・アンド・フェイバー社」社員の子供向けに書いた作品です。ニコラス・ベントリーの挿絵と、軽妙で躍動感のある猫たちの描写が心を晴れやかにさせます。しかし「ナンセンス性」が強く、瞬間の楽しみとは裏腹に、読後に疑問が多々溢れます。それでも不快ではなく、何故か心が暖かくなる不思議な詩です。この作品は原文で「韻律」を駆使した実験的作風ともなっており、より軽妙さを際立てた読後となって子供たちには受け取られたように思います。

 

この作品をミュージカルに生まれ変わらせたのが、アンドリュー・ロイド・ウェバーです。イギリスの作曲家であるウェバーは、詩集『キャッツ』を幼い頃から読み聞かせられていました。空港で偶然に手に取ったその懐かしい詩集を改めて読み、語られる猫達の軽快な躍動感に、あらためて衝撃を受けます。このインスピレーションがミュージカル化への発端でした。

 

詩集の『キャッツ』は15篇の詩で成り立ち、それぞれ独立した猫のストーリーが描かれています。一貫した物語にはなっておらず、またそれぞれのストーリーに関係性は殆どありません。全体を捉えた場合にも「ナンセンス性」が目立つのみで、テーマやメッセージが見えてきません。

ミュージカルとして完成させるには「一貫したテーマ」が必要でしたので、ウェバーは行き詰まります。そこに救いの手を差し伸べたのがヴァレリー夫人でした。ヴァレリー夫人はエリオットがヴィヴィアンと別れた後に一緒になった妻です。エリオットが亡くなり、未発表の『キャッツ』の一篇「娼婦猫グリザベラ」を託されていました。

 

イギリスには7つの階級制度が存在します。プレカリアートからエリートまで。『キャッツ』に登場する猫達もよく読むとそれぞれ階級が違うように見受けられます。「娼婦」であるグリザベラはプレカリアートで最下層に該当します。彼女(猫)は過去を背負い、祈りながら歌い続けます。そしてミュージカルの中で「一年に一度、天上に登る唯一匹の猫」に選ばれます。ウェバーは、この「祈りと救い」を普遍的なテーマ性として表現し、そして一貫性を持たせた演劇として完成させる事が出来たのです。

 

ウェバーを救った一篇「娼婦猫グリザベラ」は何故書かれたのでしょうか。子供向けに書こうと念頭に置いていながら「娼婦」が浮かぶのは、どうも不自然で腑に落ちません。ゲーテファウスト』の「メフィストフェレス」のアナグラムで隠喩する程の作者が、考慮せずに書いて未発表とする事は無いと思います。

見えないバックボーンとして、イギリスの階級社会を風刺した作品として執筆し、「娼婦猫グリザベラ」の一篇が鍵となって完成する詩集を、「子供向けの軽快な韻律遊びの詩集」として出版したと考えると、モダニズムに傾倒したエリオットの遊び心と捉える事が出来るのかもしれません。

エリオットの思想はキリスト教的発想を超えている。楽しくて仕方がない作品であると同時に、哲学者が人生を見つめる深い眼差しが隠されている。

劇団四季主催者、浅利慶太さんの『時の光の中で』という自伝的作品での言葉です。

 

秘められたメッセージを勘繰りながら、軽快で楽観的な詩集を読んでみてはいかがでしょうか。楽しい気分になりますので、未読の方はぜひ。

では。

 

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デューナ・バーンズ『夜の森』感想

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こんにちは。
RIYOです。

今回はこちらの作品です。

 

デューナ・バーンズ『夜の森』です。デカダン派女流作家として小説・戯曲などで活躍した作家です。T・S・エリオットが絶賛し、この作品の「序文」を書いています。

両大戦間のベルリン、ウィーン、パリ、ニューヨークーー時間の廃墟を夢遊病者のように彷徨する〈無宿の天使〉ロビン・ヴォート。流浪するロビンを狂おしく恋するレスボスの愛に呪われたノラとジェニー。彼女らの夜の告白の懺悔聴聞僧をつとめるソドムの医者マシュー。ロビンの血をわけた息子で成長の止った白痴のグイードー……〈昼〉の秩序論理を棄て〈夜の森〉をさまよいつづける魔に憑かれた人びとの孤独と失墜と破滅を、T・S・エリオットロレンス・ダレルらの絶賛をあびた幻の傑作。
「私が読者に見出してもらいたいと願っているものは、見事に達成された文体であり、美しい語法であり、絢爛たる才気と人物造型であり、エリザベス朝悲劇のそれに匹敵するといってさしつかえない恐怖と運命感にほかならない」(エリオット)

 

1920年代のパリ。各国の「芸術家」が集結し、モダニズムをはじめとした芸術が多方面へ広がっていった時代、バーンズは雑誌記者としてアメリカより渡仏してきます。彼女の仕事は作家・芸術家(主にアメリカ人)へのインタビューであり、それを記事に起こすことでした。映画『ミッドナイト・イン・パリ』にも登場します。彼女が起こす記事の文学性は早々に認められ、ついには雑誌へ小説を掲載するに至ります。

 

彼女の文章には「頽廃」と「エロス」が含まれます。この特徴は彼女の生い立ち、或いは父親の存在が影響して表れています。父であるウォルド・バーンズは、自称作曲家ですが真っ当に活動することはなく、方々に無心しその日をなんとか暮らしているような人物でした。その言動は醜く、娘である彼女を他人へ売りつけるほどの悪辣ぶりでした。

彼女は満足な教育を受けられず、家計を支え、自身の「本来華やかな価値観が育まれる時期」を犠牲にします。そして彼女は芸術家が属するボヘミアン共同体に参加し、彼女自身もボヘミアニズムに浸り、憧れるようになります。ここから彼女の人生は、前述の記者時代へ向かい、芸術および文学の方面へ漠然と進んでいきます。

 

バーンズの悲劇的な生い立ちは、「頽廃的な価値観」と「歪められた性愛」を生み、彼女の文体に組み込まれます。本書『夜の森』では、これらを存分に感じることができます。

この小説の深層で語られている主題は、普遍的な人間の悲惨と呪縛の主題なのだ。

エリオットは序文でこのように語っています。

バーンズ自身の持つ「頽廃的な価値観」は自身の経験した特別な悲惨さから来るものではなく、普遍的に、つまりは誰しもが持っている「心の頽廃性」として描き、その性質が「性愛」に影響し、そこから生まれる悲惨さは読み手の「心の中の不安」を思い起こさせます。

 

夜になると、神経が高ぶり、本能や欲望が強くなり、不安が募る。昼に存在していた自制心や社交性が薄くなる。確かに夜は集中力が増し、大胆な行動や決断ができることが多くなります。しかしバーンズはこういった自律神経の作用を「頽廃的な価値観」で鬱屈な方向へ導き、恐れや不安を煽るような普遍性を説いていきます。

「本当の自分」を保障しているのは、実は自我が置かれている日常現実の諸関係であり、ひっきょう〈昼〉の秩序論理であるからである。

訳者の野島秀勝さんの言葉です。

 

この〈夜〉に現れる、もしくは生まれる欲望や不安や神経の緊張は「深層意識」より生まれていると考えられます。無意識な脳内の逡巡が突如、「過去のトラウマ」を捉えて現在に同様の不安を一瞬起こすように、〈夜〉になると脳内で「頽廃性」が活性化していきます。この作品でも繰り返し「頽廃的な表現」が出てきます。

人生というのは、死を知るための猶予期間だ。(p.83)
どんな上等な楽器だって、時がたてば故障するーーそれだけの話よ、楽器はこわれる、みんながよそよそしくなったら、そうと知るがいい。(p.161)

自分の人生さえも俯瞰的に捉え、「人生は落ちていくもの」という概念を受け入れ、救いを求めようとする行為さえ否定するような彼女の文章は、「美しさにまで昇華された悲しさ」に感じられます。

 

バーンズの文章は非常に詩的で美しく、しかし優しくない意志の強さが宿っている不思議な文体です。「狂騒の時代」であるパリを背景に描かれたこの作品は、彼女の筆致で耽美的で頽廃的に書かれています。ぜひ、読んでみてください。

では。

 

riyoriyo.hatenablog.com

ジュネ『花のノートルダム』感想

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こんにちは。
RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

 

多くの犯罪に手を染めたジャン・ジュネ(1910-1986)の最初の小説『花のノートルダム』です。

「ジュネという爆弾。その本はここにある」(コクトー)。「泥棒」として社会の底辺を彷徨していたジュネは、獄中で書いたこの一作で「作家」に変身した。神話的な殺人者・花のノートルダムをはじめ汚辱に塗れた「ごろつき」たちの生と死を燦然たる文体によって奇蹟に変えた希代の名作が全く新しい訳文によって甦る。

 

彼が母親の元を離れたのは生後7ヶ月。親に捨てられ田舎夫婦の養子として育てられます。その養母が亡くなり、別の里親へ引き取られます。どちらの夫婦の元でも窃盗や猥褻を中心とした犯罪を繰り返し、挙句、児童擁護救済院(感化院)へ送られます。その後パリの盲目の作曲家「ルネ・ド・ビュクスイユ」に預けられますが、ここでも盗みを働き精神科治療を受けます。ここから感化院と刑務所の脱走と送還を繰り返し、これらから逃れる為、軍に入ります。兵役の後、パリに訪れたジュネは「アンドレ・ジッド」に出会います。その後、再度軍に入りますが脱走。偽造パスポートを用い、東ヨーロッパを転々とするあいだに、逮捕を繰り返します。パリに戻っても犯罪は止まらず、そして脱走兵である事が露見し、実に13回の有罪判決と禁固刑、懲役刑を受けます。本書『花のノートルダム』はこの受刑獄中に書かれました。

 

ジュネは本作を執筆した年(1942年)、詩作品の『死刑囚』という作品も同時に書き上げ、自費出版していました。この詩作品を「芸術のデパート」こと「ジャン・コクトー」が絶賛します。そして、『花のノートルダム』も読み、文才を認め、本作を世に出す足掛かりとなったのです。

 

例えば、片手で、二つの品物(札入れ)を同時につかむことができるし、あたかもそこにはひとつしかないようにそれらを持って、長々と吟味し、袖のなかにひとつを滑り込ませ、最後に気に入らない振りをしてもうひとつを元の場所に戻せばいい。

彼の経験を元にした「自伝的童話」です。男娼・ひも・強盗殺人者からなる男性三人の三角関係が主な内容です。ジュネ自身「同性愛者」であり、「男娼」を経験しています。犯罪を含めた数々の描写は、語り手(ジュネ)の独白の体を為していながら、全てが空想のフィクションであると表現されています。童話として描かれたこの作品には「無責任な白状」が散りばめられています。

 

『花のノートルダム』の大きな特徴は、「聖」と「性」が入り混じる、読み手の価値観を眩ませる、危うい説得力です。ピカレスク文学としての性質を帯びながら、読み手の「聖」を刺激し、あたかも品性の欠けた丸裸の感情こそが高尚なものであると語りかけてきます。

「性」を「聖」に昇華させる文体は、二つの要素が考えられます。「生い立ちによる歪んだ価値観」と「強烈な性への執着」です。この執着が顕著に表れているのが「性欲を空想する描写」或いは「欲望を具体的に述べる描写」です。これは自慰行為に等しく、欲望を露わにし、これを正当化する為に「性」を「聖」に昇華し自身の満足へ直結する散文となっているのです。

骨の見える痩せ細った文体をつくり上げようと努力しているとはいえ、私は花や、雪のようなペチコートや、青いリボンの詰まった本を私の監獄の奥からあなたたちに送りたいと思っている。これよりいい暇つぶしは他にはない。

これがトイレットペーパーへの執筆中に抱いていた丸裸のジュネの感情です。

 

モーツァルトを好み、デュ・バリー夫人を憐れみ、ウージェニー・ビュッフェに耳を傾け、エミリエンヌ・ダランソンを仰いだ、ジャン・ジュネの性癖が詰まった『花のノートルダム』。
未読の方にはぜひ、読んでいただきたいです。

では。

 

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