RIYO BOOKS

RIYO BOOKS

主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『青い脂』ウラジーミル・ソローキン 感想

f:id:riyo0806:20210414000027p:image

こんにちは。RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

 
ロシアのモダン作家ウラジーミル・ソローキンの『青い脂』です。第三回Twitter文学賞海外部門第一位を受賞しています。
2068年、クローン文学作家を用いた実験が行われている。今回はロシア文学作家、7人のクローン。彼らが執筆活動を行う際に生み出される「青脂」。これはゼロ・エントロピー物質でエネルギー開発の重要な要素となっている。これを1954年のソ連に送り込まれスターリンの手に渡る。スターリンの目的とは、青脂とは……。
 
近未来から過去を舞台としたサイエンスフィクション作品です。作品の中でも外でも「文学実験」が行われています。現在では日本において「コーヒー」や「スポーツ」など、当たり前のように英語が日常で使われていると思います。本作品の世界においてはロシアの中で中国語が浸透しており露中入り混じった「新露語」なるものが日常的に使用されています。
 
1991年12月にソビエト連邦は崩壊し、一党独裁ではなく共和制多党国家となりました。多くの変化が国内で起こりましたが、その一つが思想弾圧の緩和です。
それまでは国家に不都合がある思想を持つ人、あるいは物を排除されていました。顕著であったのは文学・美術・音楽です。社会主義リアリズムと言われるもので、美術においては「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれ、保守的美術である貴族的ブルジョワジーの高尚なものから、大衆向けのカルチャーへと変化し、受け入れられることとなりました。ただし、国家の良しとする表現に限られるため、イデオロギーは大衆文化から浸透される国家の求める方向へ自然に誘導されることとなります。これに迎合せず、自身の表現を貫いたミハイル・ソロコフ、ゲリー・ゴルジェフなどは不遇の人生を送りました。
 
文学も同様に弾圧を受け続けていました。旧態以前も含め、プロパガンダに使用されていました。作品の主人公を国民が模範とするようにという啓蒙としてです。労働・ヒロイズム・自国愛、などを文学により浸透させる為、表現を不自由化しました。マクシム・ゴーリキー、アレクサンドル・ファジェーエフなどの作品が挙げられます。そのような表現規制の中で出来た作品はある意味「美しい作品」ばかりで、言葉・表現・内容、どれをとっても国にとって申し分無い作品で満たされました。しかしこれらの作品は、作家自身が生み出したかった作品だったのでしょうか。
 
上記の背景においてソローキンはどのような想いがあったのか。あるインタビューでこのように答えています。
スターリン期のソ連文学は化粧を塗りたくった甘ったるい顔をした怪物であり、『青い脂』はそんなソ連の現実を裏返してその腐った内臓に目を向ける試みだった。
 
この『青い脂』のテクスト表現は、人によっては不快感が終始続くような非常に品性を失ったものになっています。また、ストーリーも理解が困難で、受け入れ難い点が多々あります。この作品を読むにあたって必要なことは「抽象画を読むように」すべきことです。壮大な比喩で描かれた一冊であると認識できれば、訴えたい想いや熱が伝わってきます。
汚物が溢れる下水道水中で行われるオペラも、スターリンフルシチョフとの濡れ場も、表面的に捉えると気が触れた作家の書きなぐりに見えますが、超次元的な揶揄であると捉えると文学者としての怒りや苦悩が見えてきます。
 
この作品が本国で出版されたのは1999年です。あまりの過激描写により、親プーチン派の青年団体から「猥褻本」として訴えられ、一時発売禁止とされていました。また、受け入れない大衆も多々ありました。前述のプロパガンダにより「美しい作品」ではないとして、トイレを模したオブジェにこの作品を投げ入れる運動が行われました。
もちろん文学作品は娯楽のひとつでもありますから、日本においてもそうですが「美しい作品」を高尚に楽しむのもひとつです。しかし、国の事情により規制された表現を打破し世界に伝えようとする作品を汲み取ろうとする試みも重要であると考えます。
 
本作『青い脂』では七人のクローンが登場し、作中作を披露します。
・アフマートワ2号
プラトーノフ3号
ナボコフ7号
パステルナーク1号
各作家を模した文体は圧巻です。そしてクローンだからこそ徐々に筆致の異常性が滲み出てきます。興味深く描かれると同時に、やはりこれもそれぞれの作家へ向けた揶揄ではないかと受け止められます。
 
文学作品として見た場合ですが、序盤(2068年)における新露語は読書を困難にさせます。ですが、慣れてきますと非常に心地よくリズミカルに読むことができ、妙な快感に囚われ始めます。また、アフマートワ、マンデリシュターム、ブロツキーのロシア詩人が描かれるパートがありますが非常に激しい比喩表現です。ロシア詩バトンの受け渡しが、品性無く描かれています。
 
この『青い脂』は表面上のテクストではなく、ソローキンの背景、情勢、環境を踏まえて一読するとテクストには書かれていないイメージが頭の中に浮かんでくるはずです。
奇書を読みたいと思っている方にはお勧めの一冊でした。
 
ぜひ読んでみてください。
では。
 
privacy policy