RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

アントン・チェーホフ『かもめ』『ワーニャ伯父さん』です。チェーホフ四大劇に数えられるニ作品。戯曲です。

恋と名声にあこがれる女優志望の娘ニーナに、芸術の革新を夢見る若手劇作家と、中年の流行作家を配し、純粋なものが世の凡俗なものの前に滅んでゆく姿を描いた『かもめ』。失意と絶望に陥りながら、自殺もならず、悲劇は死ぬことにではなく、生きることにあるという作者独自のテーマを示す『ワーニャ伯父さん』。チェーホフ晩年の二大名作を、故神西清の名訳で収録する。

 

19世紀を代表するロシア劇作家のチェーホフ。しかし、短編小説家としても優れた作品を数多く発表しています。その面で名を聞きづらいのは同時代の二大巨頭「トルストイ」と「ドストエフスキー」が存在していたことが理由として挙げられます。

 

チェーホフは生涯医師として働き、多くの人間に接してきました。そして彼の観察眼は多くの人間から「人間の本質」を捉え、時には繊細に、或いは皮肉りながら短編を生み出していきます。しかし、彼が捉える苦悶や下卑、卑屈さなどに彼自身も影響され、やがて「人生の意義」を見失い始めます。この頃、いわゆるチェーホフ中期小説にはこの思想が溢れており、主に小さな社会の醜さや滑稽さを描いています。この滑稽さの表現もチェーホフの特徴であり、どの作品にも「ユーモア」が散りばめられています。

 

当時すでに、彼の身体は結核に侵されていました。いよいよ「人生の意義」を考え、それを見出すために長い旅に出ます。目的地はサハリン島。囚人が流されるシベリアよりも条件の悪い地。その地に住む人々の生活を知る、そこで何かを得られる、その思いで行動します。(ルポルタージュ:『サハリン島』1895年)
その土地の印象は「地獄のようだ」と述べており、彼自身の見解は多方面に広がります。そして、この旅がチェーホフの目を社会的に向けさせ、四大劇を作り上げていきます。

 

チェーホフの戯曲は特徴として「静劇」であると言えます。特に大きな事件や、感動的なストーリーをなぞるのではなく、ごくありふれた「小さな社会」で起こる会話や感情の動きを描きます。だからこそ、物静かでありながら、人間の持つ陰鬱さが滲み出る言動が多く見られます。この芸術性を高めるのが「間」です。台詞後の行動までの間、何かを問われて答えるまでの間、話をそらす際の間。この「間」が抒情的な対話や行動を印象強く、そして現実的に表現しています。

 

彼が社会的に訴えようとしたものは何か。この収録作2篇で対比的に描かれています。

 

かもめ

若手劇作家のトレープレフは、役者であった父を亡くしています。そこから受け継いだのは健在の有名女優である母親より低い「町人という身分」。また、女優志望のニーナは、資産家であった母親を亡くしており、健在の父の策謀で遺産を譲り受けることができません。この主軸である二人はそれぞれ「亡くした親から不利益を受け継いでいる」という共通点があります。彼らはこの不利益を覆す、或いは不満を覆すための「人生の意義」を探します。
トレープレフの大切な存在は「母」です。そして「作家」であり、「男性」です。

あの人は僕を愛していない、僕はもう書く気がしない……希望がみんな消えちまったんだ……

この台詞は「作家」「男性」として絶望し、残された「人生の意義」である「息子」として母に縋るシーンです。しかしこの後、母に受け入れられず、「息子」として生きる意義も見失ってしまいます。
女優のニーナも同様に「母親」「女優」「女性」として「人生の意義」を見出します。そして「母親」「女性」の意義を無くし、三流女優としてしがみついている中、二人は再会します。

 

ワーニャ伯父さん

このワーニャ伯父さんも同様に生きる意義を見失っています。妹を亡くし、その夫である学者に資産を握られ、その娘である姪と苦労を共にしながらも報われない現実。これを受け入れることができず、日々悪態つくのみ。
「人生の意義」であった「兄」「伯父」「男性」のそれぞれが崩れていく中で、彼と姪がたどり着いた答えは「忍耐」でした。

でも、仕方がないわ、生きていかなければ!

姪のソーニャの台詞が心の奥にズンと響きます。

 

この2篇で「人生の意義」の必要性、そしてそれを崩された者に残された「生きる糧」を、対比的に描いています。

 

チェーホフ四大劇の残り2作『三人姉妹』『桜の園』もいずれ紹介したいと思います。
戯曲の良さを鮮明に感じられる「チェーホフの静劇」、まだ未体験の方はぜひ読んでみてください。

では。

 

 

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