RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『地下室の手記』フョードル・ドストエフスキー 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

フョードル・ドストエフスキー地下室の手記』です。

極端な自意識過剰から一般社会との関係を絶ち、地下の小世界に閉じこもった小官吏の独白を通して、理性による社会改造の可能性を否定し、人間の本性は非合理的なものであることを主張する。人間の行動と無為を規定する黒い実存の流れを見つめた本書は、初期の人道主義的作品から後期の大作群への転換点をなし、ジッドによって「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と評された。

処女作である『貧しき人びと』からも感じられるような「人道主義的文学」を描いてきた彼の作品は、1864年に発表されたこの作品から「実存主義的文学」へ大きく転換しました。人間への信頼や希望といった表現は消え「希望を見出せぬ生」を描く〈悲劇〉が主テーマとなっていきます。

 

この作品には「共産主義の否定」が含まれています。

人間がしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明しつづけてきたことに尽きるようにも思えるからだ。

ドストエフスキー共産主義を「個人の破壊」「個性の犠牲」と解し、説いています。

この作品が何故こういったテーマになったかは理由があります。

 

前回の感想記事でツルゲーネフの『父と子』に関して書きました。ニヒリズムに関して、また新時代のチカラに関して。これに対抗しチェルヌイシェフスキーが『何をなすべきか?』という作品で、新しい世代(革命を目指す者たち)へ向け「合理的エゴイズム」を掲げました。この作品では「水晶宮」という理想郷が登場します。この理想郷を作り上げるのは、全ての人間が「合理的欲望」を追求することであり、いずれ「調和と幸福」を手に入れることができるという思想の内容です。物事を合理的に考え、調和の取れた利益を追求するという「空想的社会主義」の典型的な思想であるとも言えます。

これが当時、過激派の若者のバイブルとなり、かのレーニンも愛読しました。

 

ドストエフスキーは『何をなすべきか?』に反発した内容を発表しました。それが今回の作品である『地下室の手記』です。この作品は二部構成となっております。一部は現在、二部は過去。この二部が『何をなすべきか?』の内容を大いに皮肉で包んだ内容となっています。端的に言うと『何をなすべきか?』の中で正当化された誠実な人物のことを、一刀両断に否定し思考の足りない傲慢な人物であると描いています。ちなみに一部は「西欧合理主義(合理的エゴイズム)の否定」です。

 

この「合理主義」は「理想主義」であると言えます。人間が合理的に判断し、利益計算し、正確な道を歩むことが幸福に近づく。まさしく理想的であり、誰しもが幸せになることができるように感じられます。実はドストエフスキーは本来「大変な理想主義者」でした。しかし彼の強い観察眼と道徳におけるヒューマニズムが起因し、「人間は欲求や衝動により理想的な行動だけを行うことは不可能である」と結論付けるに至ったのです。この事が彼に大きな苦悩、あるいは失望を与えます。そこで彼の中に生まれたのがシェストフの語る「悲劇の哲学」です。今まで信じてきた「理想主義の崩壊」が人間の絶望のように捉えられ、そしてその絶望の中で生きる「希望を見出せぬ生」を描くようになったのがこの『地下室の手記』であり、ドストエフスキー作品における思想の転換点となったのです。

 

また「人間の欲求や衝動」の影響こそ、人間を人間たらしめている、つまり「個としての人間らしさ」を強く主張するようになります。このチェルヌイシェフスキーへの、合理的エゴイズムへの、水晶宮への否定は、人間の複雑さを説く彼のヒューマニズムによる警告に他ならなかったのです。またその「人間の欲求や衝動」がアイデンティティとして各個人が自覚すべきものであり、共産主義者のような判でついたような人間性を否定する主張に至ったのです。

 

ドストエフスキーは絶望の中の生を描いています。つまり生の否定ではありません。
どのようにして苦悩を抱きながら生きていくか、人間としての誇りを持ちながら生きていくか、そのようなことを描くことを胸に、ここより名作を数々生み出していくのです。

 

チェルヌイシェフスキー『何をなすべきか?』は少し入手し辛いかもしれません。
ですが、ドストエフスキーの「悲劇の哲学」はこの一冊で感じる事ができます。
未読の方は試してみてください。

では。

 

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