RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。


カフカ『変身』感想

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こんにちは。
RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

フランツ・カフカ『変身』です。
「不条理文学」としてあまりに有名な作品です。ですが、著者が亡くなってから広まった為、明確な解釈は未だに出ておらず、現在も研究が続けられています。

ある朝目覚めてみると、青年ザムザは1匹のばかでかい毒虫と化していたーー。確たる理由もなく、とつぜん1人の青年に悪夢のような<現実>が襲いかかる。それにともない、ザムザへの家族の態度にも変化のきざしがあらわれはじめ……。カフカ(1883-1924)はその過程を即物的な筆致でたんたんと描き切った。

カフカチェコプラハで生まれたユダヤ人でした。彼の作品は実存主義を軸として描かれ、比喩を用いて主張する内容が多く存在します。この作品も例に漏れません。

 

家族の為に懸命に働いてきた主人公に突如として不条理が降りかかります。彼の家族は心配と恐怖が入り混じりながらも「彼」として接します。ですが数ヶ月に及ぶこの物語が進むにつれ、徐々に家族側の接し方に変化が起きます。そして「彼」から「これ」に変わり、主人公の尊厳など元々存在しなかったかのような周囲の認識に変化します。

 

チェコで生まれたカフカですが、ドイツ語を使用していました。この「毒虫」は原著では「Ungeziefer」と書かれています。訳は「害虫」です。この物語においてはもちろん「毒虫」の表現が最適です(毒虫の詳細な描写もあります)。ですが、「害虫」を比喩として用いたと考えますと、さまざまな憶測をめぐらせることができます。

 

カフカは労働と執筆を両立させていました。しかし家族、とくに父親にはあまり良くは思われていませんでした。学生時代に哲学を専攻しようとした彼に父親は「失業者になりたいのか」と笑われたほど、思想に違いがありました。もちろん、父親の実働を求める姿勢は「ユダヤ人」としての生きる手段や苦労が背中に掛かっていた為、ある種当然な反応でした。

ですが彼は、ユダヤ人排斥による苦痛、故郷のないユダヤ人の苦悩、理解されない思想における絶望、家族の理解を得ることができない孤独、これらをひとつの心に留めながら執筆を行いました。

 

この「害虫」は彼自身だったのではないでしょうか。普通の人間として扱われない苦痛、行き場の無い苦悩、意思を理解してもらえない絶望、家族に戻ることができない孤独。家族に害虫と思われていると思い込んだとしたのなら、想像もできないほどの息苦しさを感じながら日々を過ごしたと考えられます。

しかしながら「毒虫」になっても彼はなお、仕事に行かなければならないと考えます。それは仕事に行くことは家族の為であるからです。彼は心の奥底では「家族愛」を欲していたのではないでしょうか。

 

主人公は徐々に物語が進むに連れ「毒虫らしく」なっていきます。これは彼自身の心境の変化、行動の変化ではなく、むしろ家族側の変化が原因となっています。つまり周囲が「毒虫」と扱うようになっていくからこそ、彼は「毒虫らしく」なっていくのです。

自己の認識は周囲の行動が大きく影響するのであり、不条理を受けたものに対する周囲の接し方は、これまでのような無償の愛を与えることは困難になります。

 

彼は「家族愛」を欲しましたが、家族は彼の思想を「不条理」と認識し無償の愛で接することが困難になっていたのではないでしょうか。
この状況さえも彼は理解し、体感していながらも世に問いたいという思いでこの作品を執筆したのではないかと感じます。

 

『ロリータ』を書いたナボコフはこの作品で、主人公が天才であり、家族が凡庸であるという芸術家的な見地でこの作品を捉えています。
読む人の境遇や、心境により見え方が変わる作品ですので、どのように見えるか試してみてください。
では。

 

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