RIYO BOOKS

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主に本の感想文を書きます。海外文学が多めです。

『カルメン』プロスペル・メリメ 感想

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こんにちは。RIYOです。

今回の作品はこちらです。

 

プロスペル・メリメカルメン』です。
数ヶ国語を使いこなす、フランスへ初めてロシア文学を紹介した作家です。

南国スペインの情熱を象徴する美貌の女カルメン。純朴で真面目な青年ドン・ホセは、彼女と出会ったために運命を狂わせられる。嫉妬、決闘、殺人、そしてついにはカルメンをも殺してしまう……冷静簡潔な筆致でそのあやしいまでの美しさを描く表題作。

 

プロスペル・メリメ(1803-1870)は、考古学者です。史跡監督官として現在の修復考古学の礎を築いた人です。また神学、占術史学にも長けており、これらの経験を持ち前の文芸センスで小説を書き上げ、作家としても活躍します。この『カルメン』が代表作です。
この多才な学者は、たいへん情事の多いことでも知られています。そして、関係のあった女性に向けて執筆をしています。

「わたしは生涯、けっして公衆のためなどに書きはしなかった。いつも特定のある人のために書いた。」

メリメ全集 第三巻

彼の関心事が筆を伝って物語に宿っていきます。「情欲」「自由」「愛憎」「誇り」など。

 

メリメはスタンダールらと共に「新鋭の自由主義」を掲げ、多勢であった「保守的ロマン派」と対立した文学の姿勢で活動します。この「新鋭の自由主義」は、「尊ぶべき、美しき、純粋な、フランス文学」が度を越し「書くべき描写」が制限され表現が不自由であるとの考えから旗揚げされました。
メリメの作品、特に本書収録の六篇はいずれも「新鋭の自由主義」らしく、「情欲」「自由」「愛憎」「誇り」で溢れています。

 

フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーが『カルメン』をオペラ・コミックに作曲しました。今日、誰もが知る曲の数々です。ビゼー自身、『カルメン』という作品の「自由な描写」に魅せられた一人でした。しかし、この大成功はビゼー自身、体感する事なく世を去ります。

メリメの原作とビゼーのオペラを比べると、内容が大きく違います。主要な人物の名前や行く末まで。相違点を挙げるとキリが無いほどです。この理由は、当時のフランス国内の風潮、つまり「保守的ロマン派」的な聴衆の価値観が原因しています。
カルメン』は悲劇です。紹介文にもあるように「血生臭い」描写も多々あります。「情欲」「愛憎」に溢れるこの作品は、いわばキリスト教下では受け入れられない価値観として考えられていました。ビゼーは原作に忠実な『カルメン』の台本を希望しましたが、劇場側がこれを受け入れず、演奏者が拒否します。なんとか初公演にこぎつけるも、観客からは不平の声。その声を受けて改編するも、初公演から三ヶ月、ビゼーは病死します。
しかし、「新鋭の自由主義」が世に広まるように、改編したオペラ『カルメン』も徐々に認められて、現在のオペラ最高峰の評価を受けるに至ります。

 

本編のヒロイン「カルメンシタ」はジプシー(原文に準じてこの語とします)として描かれています。ジプシーは「エジプトから来た人(エジプシャン)」が転じて異民族移民をジプシーと呼びます。当時のフランスでは「ヨーロッパ」か「非ヨーロッパ」で大きく分けて考えられていました。これを優位性として捉えており、極端な差別的考えが国全体で持たれていました。核になる基準が、「キリスト教的価値観」です。この価値観は「情欲」「愛憎」はタブーとされます。これらを持ち合わせた「自由な人」をメリメは異文化ジプシーで表現し、自己の関心事を物語に乗せて表現したのでした。

 

「情欲」「自由」「愛憎」「誇り」、そしてこの悲劇の顛末は、ドストエフスキー『白痴』の「ラゴージン」を思い起こさせます。

貴族からやくざ者に転げたホセ・ナヴァロは、義を重んじ、義を求める。自分を救ったメリメをカルメンから救い、カルメンに自分と同じ価値観を求めます。しかし、カルメンは頑なに拒否し、自由を主張します。全て一人で考え、一人で悩み、一人で行動したホセ・ナヴァロは、去る時も孤独でした。

公爵は床の上にじっとすわって、そば近く寄り添いながら、病人が叫び声やうわごとを発するたびに、大急ぎでふるえる手をさし伸ばし、ちょうど子供をすかしなだめるように、そっと頭や頬をなでていた。

引用元:ドストエフスキー『白痴』

ラゴージンの愛憎の末の崩れた精神を、脆い無意識の優しさで支えようとするムイシュキン公爵の、魂だけでも救おうとするキリスト教徒としての行動が、ホセ・ナヴァロにも与えられていたなら、彼の魂は浮かばれたかもしれません。

 

あまりにも有名なこの作品ですが、読むと印象がきっと変わります。未読の方はぜひ読んでみてください。

では。

 

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